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役に立つ経済学 大嶋正治BOIアドバイザー

第14回 ・ 第15回 新興国市場の宿命 大嶋正治BOIアドバイザー

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 最近、フィリピンの株式市場と為替市場の動きが大幅な変調をきたしています。過去3年間、順調に値を上げてきた株式指標が先週、一時的に6000台を割り込み、17カ月ぶりの安値を付けました。

 同様に、海外就労者(OFW)の海外送金の恩恵で、輸出の減少にもかかわらず、対ドルで高値を維持してきたペソも、43ペソ台での取り引きが続き、フィリピン中銀のドル売りペソ買い介入がなければ、44ペソ台に突入してもおかしくない状況になりつつあります。

 そこで、今回はこの株式と為替の乱高下の背景と、今後の見通しを簡単に説明したいと思います。まず、これまでフィリピンの株高とペソ高を演出してきた要因を考えてみましょう。株高の理由は、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が始めた金融量的緩和策(QE)です。サブプライムローンに端を発した世界的な金融危機に対処するため、2008年から10年にかけてFRBはQE1として米国債や住宅ローン債券を1兆7000億ドル、10年から11年にはQE2として米国債6000億ドルを市中から買い上げ、合計で2兆3000億ドルもの資金を市場に供給し、米国の景気と雇用の回復を目指しました。

 しかしながら、景気には改善が見られたものの、雇用の回復は思わしくなく、12年9月からはQE3として、毎月850億ドルの住宅ローン債券を購入し、雇用回復へのカンフル剤としました。その甲斐(かい)があって、ここに来てようやく効果が現れ、米国の失業率は7%台にまで改善してきました。

 ただし、このように市場に大量に供給された資金は、より良い投資利回りを求めて世界中を飛び回る、ホットマネーの増加という現象を生み出してしまいました。その一部が過去3年間、当地の株式市場に流入し、株式相場の上昇に大きな役割を担ってきたのでした。フィリピンはマクロ経済が安定し、アセアン諸国の中でも高成長を維持し、かつ国際収支も黒字基調というのが、資金流入先として選ばれた理由でした。

 それでは、このホットマネーは当地にとどまり、未来永劫(えいごう)フィリピンの株式市場を下支えする役割を果たしてくれるのでしょうか。答えは、もちろんノーです。ホットマネーの大半は、ヘッジファンドと呼ばれる予想配当利回り20%以上をうたい文句にするハイリスク・ハイリターン型の私募形式のファンドですから、年に1度は投資対象の株式や債券を売却して、その含み益を実現する必要があります。

 その決算期が5月に集中しているので、最近では世界中の株式市場の年間最高値が5月になる傾向があります(先のアベノミクス効果で右肩上がりに上昇していた日本の株価も5月をピークに急落し、相場の方向感が定まっていません)。

 この種のファンドが狙う利益は次の3種類です。つまり?株式の配当や、債券の金利に代表されるインカムゲイン?購入価格と売却価格の差益を表すキャピタルゲイン?当初のドル資金をペソに両替したときと、売却時にペソからドルに戻したときの差益のエクスチェンジゲイン││となります。従って、5月に利益を確定させたファンドは?は予定通りの儲け?は予想以上の大儲け?は年初来のペソ安により若干の損で、総合的には大儲けの大成功でした。ファンドマネジャーは多額のボーナスをもらって、今頃はカリブ海か地中海でバカンスを満喫していることでしょう。

 次にペソ高です。元来、OFWからの年間200億ドルを超える送金がペソ高の要因となっていたところに、先ほど説明したホットマネーが継続的に流入してきたたために大幅な、ある意味で実力以上のペソ高を演じてきたと言って良いでしょう。従って、ペソ安の進行は、流入したホットマネーの流出が止まるまで続く、と推測されます。

 そこで、米国の金融緩和策がいつまで継続されるかが焦点になってきます。バーナンキFRB議長の任期は来年1月までです。上院での承認手続きを考慮すると、早ければ今夏、遅くとも第4四半期には、後任が決まっていないといけません。議長が自らの手でQE3を終息させるのであれば、9月末が期限と考えられます。米国の景気回復、失業率の改善状況次第ですが、少々時間が足りないような気がします。そうなると、後任議長に出口戦略を委ねることとなり、終息時期の予測は困難になります。

 今後のフィリピンの実体経済については、テタンコ・フィリピン中銀総裁が明言しているように、株式・為替相場の乱高下に慌てることなく、現在の金融政策を維持し、為替の変動幅の極小化を計る介入政策(スムージングオペレーション)が継続されれば、内需主導の経済成長に大きな変調はないと思います。

(2013.7.1)

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