役に立つ経済学 大嶋正治BOIアドバイザー
第7回 ・ 増加する外国直接投資
10月23日に発表された国連貿易開発会議(UNCTAD)の世界投資動向調査2012年上半期によると、フィリピンへの外国直接投資は前年比10%以上の伸びを示して、好調に推移しています。
2012年上半期の全世界投資額が6676億ドル、アセアンへの投資額が518億ドルと前年同期比5%、8%と減少している中で、タイとフィリピンが増加しているのは注目すべきです。ただし、タイは昨年の洪水被害への復興投資が大半を占めると思われます。
かつて、フィリピンを素通りしていた外国直接投資がなぜ今、フィリピンに向かい始めているのか考えてみましょう。失業率が1%を切ったタイ、高給を求めて短期間に転職を繰り返すベトナム、賃上げを求めてストが多発するインドネシアというのが、周辺諸国の労働市場の現状です。
これに対して、200万人以上の高卒・大卒の求職者が存在するフィリピン、過去10年間の賃金上昇率は約5%と安定し、昨年度のスト発生件数は全国で1件のみと、競合する他国と比べて圧倒的に安定した労働市場と言えると思います。それに加えて、すぐに入居可能な工業団地があり、かつ不動産は廉価とくれば、もっと投資が増えても良さそうなものですが、タイやインドネシアと比べて、投資金額が一桁違うのは何故でしょうか。
過去のフィリピンの政情不安と治安の悪さが、いまだに一般的な日本人の間に定着しており、現状の改善した状況を視察もせずに、投資対象リストからフィリピンが外されてきたというのが実態ではなかったでしょうか。
某大手商社の支店長誘拐事件、マルコス政権末期の戒厳令による自由の弾圧、不当逮捕・投獄、マルコス・クローニー(取りまき)達政商の暗躍がありました。コリー・アキノ大統領時代には軍部によるクーデター未遂事件が起き、さらにはミンダナオでの独立派との抗争の継続、アブサヤフ等のイスラム過激派による爆弾テロ、新人民軍(NPA)による革命税の取立てなど、フィリピンに投資をしない理由は枚挙にいとまがありません。
しかし、これら要因のほとんどがアキノ政権の誕生と汚職撲滅による国民生活の向上キャンペーンによって、改善に向かいつつあります。また、つい最近、政府はモロ・イスラム解放戦線(MILF)と和平実現に向けた「枠組み」で合意しました。
ミンダナオ地方は豊かな資源に恵まれ、その開発による経済成長の可能性を秘めています。将来の自治権付与に関する協議の開始は、この地域に治安の安定をもたらし、新たな経済開発の契機になるでしょう。今回の和平「枠組み」の合意は、政治と経済の二つの側面で、フィリピンの投資環境の劇的な改善につながる画期的な成果、と言えると思います。10月29日に発表された格付け会社ムーディーズによるフィリピンのBB+への長期債格付けアップにも、大きく寄与したものと思われます。
最近のフィリピンへの投資の増加は、近隣諸国が問題を抱えているため、消去法的に選ばれた側面があります。今後、この国の労働者の質の高さ、定着率の良さ、日本的経営への順応度の高さ、英語での意思疎通が可能な点を積極的にアピールしていく必要があると考えます。フィリピンの労働市場の良さを生かし、英語の話せるフィリピン人社員を積極的に活用するビジネスモデルを実現するために、新しい投資がやって来るようになってほしいものです。
縁あって当地で仕事をし、生活する日本人として、我々も政府任せにするのではなく、日本の親会社や日本からの出張者・旅行者に対し、この国の良さを積極的に情報発信していこうではありませんか。
(2012.11.5)