役に立つ経済学 大嶋正治BOIアドバイザー
第6回 ・ 下がらない失業率
国家統計局(NSO)が先月発表した7月の失業率は7%と4月の6・9%、昨年7月の7・1%と比べてもほぼ横ばいでした。ただし、雇用者数は3760万人と、前年に比べ50万人増加しているのですが、日系企業の進出支援を仕事にしている筆者としてはこの数字の持つ意味を考えると、その使命の大きさに押し潰(つぶ)されてしまいそうな圧迫感があります。
と言いますのも、新規進出企業で当初から5千人の新規雇用をして頂ける企業はそう多くはありません。それを100社集めないといけない訳ですから、これは外国企業投資の力だけでは到底、達成できる数字ではないのです。国を挙げて取り組んでいかないといけない課題です。
それでは、現在の雇用状況を詳しく見てみましょう。産業別では、農林水産業31%、製造業16%、サービス業53%という内訳になっており、先進国並みに第三次産業に雇用が偏っている構造と言えます。ましてや、フィリピンの製造業は生産性が高く、国際競争力も充分にあると考えられていますので、製造業への新規投資を促す政策を強化することが必要だと思われます。それも外資頼み一辺倒ではなく、国内投資家の製造業への投資意欲を引き出すような新たなインセンティブ(刺激策)を導入するのも一考かもしれません。
通常、経済が成長するに従って、一次産業から二次産業へ、労働集約的な業種から資本集約的な業種へ、最後には三次産業へと、その産業構造は進化を遂げていきます。フィリピンの場合は、二次産業の成熟を見ないまま三次産業へのシフトが起ってしまった稀(まれ)なケースと言えるでしょう。実はインドでも似たような現象が起っており、最近の経済学者は「リープフログ・エコノミー(馬跳び経済)」と呼んで、その成否のほどに注目しているようです。
次に失業者の現状を見てみましょう。総数280万人で男性62%、女性38%です。年齢では、35歳未満が約80%と、他国と同様に若年層に失業問題が集中しています。また、学歴で見ますと、小学校・高校中退者26%、高卒33%、大学中退者16%、大卒25%で中退者向けの職業訓練や大卒向けの専門教育など幅広いセーフティーネット(安全網)を用意して、その就活を支援していく必要があると考えられます。
最後に、フィリピン特有の不完全就労(アンダーエンプロイメント)について説明します。統計上は就労者に含まれているのですが、正規労働者としての就労機会が得られず、非正規労働者としてパートタイムなど不安定な仕事に就いている人達です。実は、今回の統計では850万人(22・7%)と、昨年の710万人(19・1%)と比べて、大幅に悪化しているのです。つまり、就業者が50万人増加したにもかかわらず、不完全就労者が140万人増加するという雇用の質の悪化が過去1年間に進行したと言えます。
これはフィリピンに限ったことではなく、日本でも同様の事態が起きています。企業が厳しい国際競争に曝(さら)されると、製造原価や販売原価を引き下げるため、正社員を削減して派遣社員を増やすという経費削減策を取ります。正社員の給与(固定費)を派遣社員の手当て(変動費)に振り替えることにより、急激な業績の変動に備えるためです。しかし、希望退職募集などによる人員削減をせずに、正社員の新規採用を抑制し、派遣労働者を徐々に増やすという穏健な雇用政策を採用すると、正社員の高齢化と派遣社員の増加による技術やノウハウの伝承が途切れる危険が増加してきます。
いずれにせよ、合計特殊出生率3・3を誇るフィリピンでは、毎年退職者以上の新規労働者が労働市場に参入してくるので、新規雇用の創出と並行して、労働者の質を高めるための教育投資が不可欠です。日本政府だけでなく日系企業にも、「K+12(幼稚園の義務教育化と小・高校10年の12年制への延長)」導入に伴う職業訓練の充実に協力して、この国の教育水準の向上に積極的に寄与して頂けたら幸いです。
(2012.10.1)