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役に立つ経済学 大嶋正治BOIアドバイザー

第8回 ・ 格付けの意義と課題

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 去る10月29日に格付会社のムーディーズはフィリピンの格付けをBa2からBa1に1段階引き上げました。これにより、アキノ大統領が就任時に実現を宣言した投資適格であるBaa3までには、後1ランクとなりました。アセアンの近隣諸国と比較しますと、インドネシアには1ランク、タイには3ランクまでその差を詰めることができました。逆に、ベトナムには3ランクの差を付けました。

 この格上げにより、機関投資家から新たな投資先として注目を浴びてきたフィリピンへの外貨流入が株式投資、債券投資、直接投資の形で継続し、その結果として、フィリピン株式指数は年初来30回を上回る新高値を更新し、5600の水準に到達しました。また、フィリピンのペソ建て国債の金利は下降する一方で、直近の7年物国債は4%を切る水準で落札され、3カ月物政府債の流通利回りは0・15〜0・20%まで低下してきています。

 当然、流入してきた外貨はペソに両替されて株、国債等に投資されますので、大量のドル売りペソ買いが起こり、ペソの価値が急激に上昇して、ドル安ペソ高となります。対ドルでは、40ペソ台に突入し、4年ぶりのペソ高局面に入っています。

 外貨で給与を受け取る駐在員や、海外送金を心待ちにしている海外就労者(OFW)の家族達は、両替後のペソが以前より少なくなるため、クリスマス商戦に与える影響がいささかか気になるところです。

 フィリピンの輸出業者やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業も、ペソ高から負の影響を受けることになります。輸出価格や業務委託の手数料などはドル建てになっていますので、ペソ高になるにつれ、手取りのペソが少なくなり利ざやが減少し、収益を圧迫します。最悪の場合は、赤字に陥るかもしれません。

 これを解決するには、売り先や受注先と値上げ交渉をしないといけませんが、欧米諸国の景気低迷を考えると、簡単に交渉が成功するとは限りません。そうなると、自助努力の一環として、人員削減や外注・仕入れ先への値下げ交渉といった経費削減策を採らざるをえず、国内景気に悪影響を与えるようになります。

 ペソ高を防ぐ手段は他にないのでしょうか。フィリピン中銀によるドル買いペソ売り介入が考えられます。ただ、少しでも有利な投資先を求めて流入してくる大量の外貨に対し、中銀単独の介入だけで一定の為替水準を維持するのは困難です。また、介入しても相場を反転させることに失敗すれば、安いドルを大量に買い込んだ中銀は決算時に為替評価損を計上せざるを得ず、大幅な赤字に陥る結果になってしまいます。実際、過去フィリピン中銀はたび重なる介入の結果、赤字を続け、それを埋め合わせるために、株主であるフィリピン政府から資本注入を受けています。

 フィリピン政府も、外貨を国内に持ち込んでいます。政府は財政赤字を埋め合わせるために、ドル建てで外貨を借り入れ、外貨国債を発行しています。当然外貨のままでは使えませんから、ドルをペソに交換しペソ高を助長してしまいます。従って、外貨の借り入れや外貨国債の発行を止めて、全てペソに変えれば良いのです。フィリピンに投資をしたいという投資家がたくさんいますから、簡単に売りさばけるはずです。

 当然フィリピン政府もこの手段は先刻承知で、今年の借り入れの内訳は外貨2割、ペソ8割と従来よりも大幅にペソ調達にシフトしています。外貨での調達をゼロにしますと、従来フィリピンのドル建て国債やローンを購入してくれていた投資家との関係が途切れてしまう可能性がありますので、なかなかゼロにはできません。

 最後にOFWの海外送金も外貨建てで流入し、消費時にはペソに両替されます。主な使い道は教育費・医療費や生活必需品の購入で、残りは貯蓄や不動産投資に充てられていますので、外貨のまま凍結させておくのは至難の業です。

 こう見てきますと、格付けの上昇は外貨の流入を招き、自国通貨高をもたらすため、必ずしも良いことばかりではありません。ここは、金融政策担当者の腕の見せどころでもあります。

 15年前のアジア通貨危機前夜のタイでも、類似した状況がありました。当時のタイと今のフィリピンで違うところが二つあります。一つは不動産バブルです。タイでは流入した外貨が不動産投資に向かい、価格が暴騰しました。フィリピンの不動産もオフィス、レジデンシャルとも毎年値上がりを続けていますが、現状は一桁台に収まっています。 

もともと、アセアン域内で最も不動産価格が安かったため、他国と比較すると、まだ割安です。

 もう一つは、外貨の過剰流動性が発生し、金利が安くなったのを受けて、タイ企業は野放図に外貨借り入れを行いました。返済時の為替予約をしなかったことで、後にバーツが暴落し、外貨を返済する際に借りた時の倍以上のバーツが必要となり、多くの債務不履行が起きてしまいました。従って、我々もこれを教訓として、不動産価格の動向と外貨借り入れの水準の変化に注意を払い、悪い兆候が出たら直ぐに対応できるよう、準備を怠らないことが肝要です。(続く)

(2012.12.3)

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