首都圏タギッグ市ボニファシオ・グローバルシティ(BGC)のシャングリラホテルで29日午後、フィリピンを公式訪問中の石破茂首相が3人のフィリピン残留日系人に面会した。今回面会したのは、フィリピン日系人会連合会会長を務めた寺岡カルロス元バギオ名誉総領=2003年旭日中綬章受章=と、なお無国籍状態にある松田サクエさん、タケイ・ホセさんの計3人。フィリピン日系人会連合会のイネス・山ノ内・マリャリ会長=2021年旭日中綬章受章=も立ち会った。残留2世の3人は首相に、当事者の国籍回復への希望を伝え、それに対し首相は、一日も早く一時帰国と日本国籍の回復が実現できるよう、できる限りのことをするとの旨を直接伝えた。
日本の首相が残留2世に面会するのは、2015年、17年に残留2世に会っている故・安倍晋三元首相以来。面会後、3人の当事者は面会後、当事者との直接面談に踏み切った石破首相にかける期待を口にした。94歳を迎えた寺岡氏は、2015年に残留2世代表の1人として安倍元首相に直接陳情した人物。同氏は面会後、「国籍回復を希望する2世はもう49人しか生存していない。できるだけ早く、49人の国籍回復してもらいたいと首相にお伝えした」と報告。残留2世を巡る状況について「当事者は日本人の誇りをもって死にたいと思っている。80年前の書類なんて残っていない。ただ、フィリピンでは(2世誕生当時の法律により)、当事者は日本人とみなされている。2世の平均年齢は80歳半ばになり、時間は残されていない」と説明し、「そうした事情を受け止めていただいて、石破総理のお力添えのもと、国籍を与えていただきたい。たった49人しか残っておらず、そんなに難しくないと思う。この願いはかなえてもらえるだろう」と、首相との面会直後に抱いた強い期待を言葉にした。
1930年代に生まれ、戦時中には日本人狩りから逃げ延び、戦後も苛烈な迫害を経験してた松田サクエさんは、「自分の子どもたちが訪日できるように、日本国籍の回復を希望していることを首相に伝えた。石破首相は優しい人だった」と笑顔で報告。「首相は戦時中の自分の体験について、共感を示してくれた。自分の願いもかなうと思う」と期待に顔をほころばせた。
戦時中に生まれたタケイ・ホセさんは、「首相に私の話を聞いてもらえる瞬間を待ち望んでいた。日本国籍を可能な限り早く回復したいという希望を首相にお伝えした」と報告。「首相は真摯に耳を傾けてくれ、『できることはすべて行う』と言ってくれた。今日の面会で、国籍回復の願いがかなうとの確信を強くした」と語った。
またタケイさんは、「子どもの頃から、日本人の血を引いていることが知られるといじめや迫害に遭ってきた。そのため出自は長年隠そうとしてきた」と回顧。日本国籍回復の道を探り始めたのは十数年前。 自身が老齢を迎えてはじめて、「人生を終える前に自身のアンデンティティーを確認したい、認めてほしい」という思いに向き合うための「勇気を持てるようになった」と述べ、戦後何十年にわたり反日感情が残る中、アイデンティティーに関する自身の願いを押し殺して生きざるを得なかった残留2世の胸の内を語った。
▽解決に大いに期待
面会に立ち会ったフィリピン日系人会連合会のマリャリ会長は、まにら新聞に向けたコメントで、「フィリピン日系人会連合会の会長として、本日の石破総理大臣との面会が、残る49名の日本人身分に関する問題の解決につながることを大いに期待している」と表明。「石破総理から、戦後80周年の節目にあたる今年、日系人の日本への『里帰り』の可能性について言及があった。そして、『フィリピン日系人問題については日本国内でもすでに議論が進められている』といった趣旨のお話もあった」と報告した。その上で、「こういったご発言は、私たちへの強いご支援の表れであると感じており、心より感謝申し上げる」と謝意を表した。
▽初の公費帰国実現へ
先月5日、参議院予算委員会で石破首相は、残留2世の支援に取り組んでいる塩村あやか参議院議員(立憲民主党)の質問に対し、公費によって残留2世の「渡航の費用あるいは親族探しをすること」について「十分理由のあることだと思う」と踏み込んで答弁。さらに、当事者への面会についても、「総理大臣が会うということでそういう方々に日本の思いが伝わるのであれば、ぜひ実現したいと思っている」と明言していた。この答弁から2カ月と立たない内に、面会が実現した格好だ。
そこで高まるのは、公費による残留二世の一時帰国と親族探しの実現だ。実現すれば、日本人父と比人母との間に生まれた残留2世を対象とする支援としては初。23年末に塩村議員とNPO「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)が共同でクラウドファンディングを通じて実施した無国籍残留2世2人の一時帰国事業では、親族が名乗りを上げ、日本側の一家が保存していた父親の写真や位牌系統図など新たな資料が見つかった。その結果、昨年2人のうち1人、アカヒジ・サムエルさん(香村サムエルさん)に家裁からの就籍許可が降りるなど、国籍の回復に大きな手助けとなった。
一時帰国事業は同時に、80年間アイデンティティーを剥奪されたままの当事者にとって、父の祖国・故郷を訪ね、名乗り出た親類に会い、父の墓標に手を合わせるといった長年希望していた経験をすることを通じて、戦争による喪失を回復するための重要なプロセスでもある。
残留2世の総数3815人。国籍の確認・回復ができた人は43%の1649人いる一方で、47%に当たる1794人は国籍未回復のまま死亡。現在、生存し、かつ国籍回復を希望する当事者は49人にまで減少している。(竹下友章)