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遺族への中傷より苛烈に 麻薬戦争遺族アミージェーンさん

2025/3/24 社会
夫マイケルさんの遺影を持つアミージェーンさん=20日午前10時ごろ、アミージェーンさんの自宅で竹下友章撮影撮影

超法規的殺害遺族のアミージェーンさんインタビュー。ドゥテルテ氏逮捕後に遺族がどのような攻撃にさらされているかを克明に語る

首都圏マカティ市から北へ電車とジプニー(乗合バス)を乗り継ぐこと3時間。首都圏最北部の自治体のあるバランガイ(最小行政区)で出迎えてくれたのは、8年前に麻薬戦争下で夫を「超法規的殺害」されたアミージェーン・リーさん(42)だ。夫が殺されて8周忌となる3月20日、アミージェーンさんはまにら新聞のインタビューに応じ、突然家族を奪われた遺族がどう社会から疎外され、ドゥテルテ前大統領逮捕後に苛烈な攻撃にさらされているのかを克明に語った。

 ▽全てが変わった日

 夫が生きているとき、アミージェーンさんは専業主婦で、夫のマイケルさんはジプニー(小型乗合バス)の運転手。小中学校に通う3人の子どもを育てる「ごく平凡な庶民の家庭だった」。「そんな生活が全て変わった」のは、2017年3月20日。その日の夜、夫は帰宅しなかった。翌朝、子どもを学校に送りだした後に夫を探しに外に出ると、なぜか義理のきょうだいがさっき送り出した子どもと一緒にいる。義理のきょうだいから、夫が殺されたことを告げられた。夫は働き盛りの34歳だった。

 後に知らされた事件の概要はこうだ。3月20日のまだ外に夕日が残る6時半すぎ、夫はバイクに乗った2人組に銃撃を受け、死亡。バイクはすぐ逃走し、遺体は午後11時ごろまで4時間以上現場に放置された。この夜、誰もアミージェーンさんに夫の死を伝える人はいなかった。

 夫の死を知った日の気持ちを、アミージェーンさんは「ものすごく心が痛かった。そして、大黒柱の夫が死んでこれからの生活がどうなるのか、途方に暮れた」と振り返る。

 一家が暮らしている地区では、ドゥテルテ政権が誕生した2016年以降、既に何件も同様の手口の殺害事件が起こっていた。地区の人々はこれらの事件を「麻薬戦争の標的が処刑された」と認識していた。また、警察による捜査も行われないことから、 バイクに乗った2人組の犯人らは警察のアセット(協力者)として理解されていた。

 ▽子どもがいじめに

 ただ、「まさか夫が次のターゲットになるとは夢にも思っていなかった」。「夫は全く薬物を使ったことはないし、近所でその種のうわさも立っていない人だったから」。一家を襲ったのは、愛する家族を失った悲しみと大黒柱を失った経済的困窮だけではなかった。夫亡きあとアミージェーンさんに注がれたのは「あの人の夫は麻薬戦争で標的になるような人だったのか」という、近所からの冷たい視線だった。

 「警察は全く捜査をしなかった。たくさん目撃者がいたはずなのに、政権を恐れて、犯人逮捕のためにしっかり証人になってくれる人もいなかった」とアミージェーンさん。さらに、ある全国紙は殺された夫を「麻薬容疑者」と報じた。「私はこの報道に、とても、とても、憤った」。落ち着いた語り口のアミージェーンさんが語気を強めた。

 「父親が麻薬容疑者だった一家」という烙印(らくいん)が押され、子どもたちは学校でいじめに遭い、転校を余儀なくされた。

 ▽正義を求めて

 そうした困難の中でも、アミージェーンさんは正義を求め続けることをやめなかった。正義を求める道は、一家の名誉と尊厳を取り戻すための道でもあった。

 警察に行って、夫の事件に関する書類を請求したが、最初は断られた。「司法省に持ち込まれ告訴される恐れのある書類を、警察は出そうとしない」とアミージェーンさん。だが、「教会や慈善団体に支援を求めるのが目的」として説得し、夫の事件に関する報告書を入手した。それには、夫の死因はちゃんと射殺と記載されていた。だが、「他の犠牲者の超法規的殺害事件では、射殺されたのに死因が肺炎とかかれているものもあった。これが遺族の告訴を困難にしている」という。

 2018年には、近所の麻薬戦争の遺族の紹介で、超法規的殺害遺族の支援団体「ライザップ」に入会。同団体の助けを受けながら、比人権委員会に調査を求めた。人権委は「バランガイ麻薬乱用防止評議会(BADAC)」の記録を調べ、夫の名が監視リストに入っていなかったことを証明した。また人権委は警察が捜査を行わない「不作為」があったことも認め、「人権侵害があった」と認定した。

 ただ、「人権委はあくまで調査をするだけ。司法機関ではなく、刑事告訴をしてくれるわけでもない」。アミージェーンさんは検察が属する司法省にも支援を求めたが断られた。「国内で告訴したいと努力してきた。でも協力してくれる目撃者もいない。警察から書類をもらうのは極めて難しい。さらに不処罰の文化がある」。そして何より、「遺族には告訴状を用意するのに必要な資金もない」とし、貧困層・低所得層に集中した麻薬戦争の犠牲者の遺族が直面する、司法アクセスの制限の現実を説明した。

 「どうして国際司法裁判所(ICC)に持っていくのかと批判する声がある。でもそれに対する私の答えは、『それが唯一の方法だったから』」。

 現在、学校の食堂で働いているアミージェーンさん。決して生活は楽ではない。「母親であるとともに父親にもなった」アミージェーンさんは、食堂の他にも仕出し、ハウスキーピング、物品販売など様々な副業も行って一家を支える。だがメディア出演や活動をするために仕事を休むと、その日の分の収入はない。それでも声を上げ続ける選択をした。

 23年にはスイス・ジュネーブに行き国連人権高等弁務官事務所の会議で自分の経験を語ったほか、比下院で超法規的殺害の遺族として初めて証言を行った。昨年は、アジア太平洋法律家連盟(COLAP)と国際人権監視NGO「ストップ・ザ・アタック・キャンペーン」の招きで日本でも講演。ドゥテルテ氏への追及が展開された下院の合同委員会などでも証言を行った。

 だが、議会の対応は必ずしも被害者に優しいものでなかった。「私が下院の委員会で証言したとき、彼ら(委員)は『下院が調査しているのに、なんでICCに頼ろうとするんだ』と言って私に怒りをぶつけてきた」。しかしそれでも諦めず、「何人もの遺族が議会で証言を続けていくうち、委員会の見方も変わった」。ただ、「委員会は超法規的殺害を防止する立法などの勧告をしただけで、なお彼(ドゥテルテ氏)は国内で刑事訴追されていない」。

 

 ▽逮捕後強まった攻撃

 ドゥテルテ氏が逮捕されるという情報が出た11日午前、アミージェーンさんは食堂で働いていた。同僚から逮捕されるらしいと言われたときは、「見るまで信じられない」と答えた。しかし数時間後、ドゥテルテ氏逮捕の確報が出たとき、「心に喜びの感情が現れた」。「やっと、やっと、やっと逮捕された。ハーグに送られるのを待つだけ」と思って、歓声を上げた。ドゥテルテ氏が出廷した公判前手続きは、他の遺族と一緒に深呼吸し、息を呑(の)みながら見守った。

 だが、喜びのひとときは長くは続かない。ドゥテルテ氏の逮捕に悲憤慷慨(ひふんこうがい)した支持者がSNSで遺族への攻撃を激化させたからだ。フェイスブックでは、夫の遺影を持つ自分の写真を、遺影の写真部分が麻薬中毒者に見えるように悪意を持って加工された画像が拡散された。自分の写真に悪意のあるキャプションを付けたものが投稿された。「この女の夫は麻薬中毒者」とのコメントが大量に書き込まれた。「私の息子も殺されればいい、私も撃たれればいいとも書き込まれた」とアミージェーンさん。一家を取り巻く状況は「ドゥテルテ逮捕後により一層厳しくなった」。

 「嫌がらせの影響は受ける。けれど、こういうことが起こることは分かっていた。全部無視している。だから大丈夫」。冷静に、しかしどこか自分に言い聞かせるように話すアミ―ジェーンさん。だが、「子どもたちの気持ちだけは、私にはどうにもできない」。

 生活圏での日常生活にも支障をきたすようになった。一挙にメディアへの露出が増えたことで、周りの人からつかまり、「あなたをテレビで見た」「フェイスブックで見た」といちいち言われたり、「ICCに出廷して証言するの」と好奇心による質問攻めに遭うようになった。「これもストレス。私もプライベートライフが欲しい」。「ドゥテルテが逮捕されて、悲しんでいる人はとても多い」と肌で感じるアミ―ジェーンさん。ネットと異なり、今のところ直接攻撃を受けることはないが、「近所の人からひそひそ話をされるようになった」。

 ▽「平和になった」は真実でない

 ドゥテルテ氏の帰国の可能性も不安の種だ。「遠くにいてもなお脅威にさらされているのに、もし帰国したときには、私たち遺族は心の平安を失ってしまう」。ドゥテルテ氏の支持者に対しては「私たちは敵じゃない」としながら、「彼らは『ドゥテルテ政権でフィリピンは平和になった』というけれど、それは真実じゃない」と語気を強める。「麻薬戦争下では『容疑者』殺害のノルマと報奨制度があったことが(元警察高官などの議会証言で)分かっている」とし、「『トクハン』(しばしば殺害事件が発生した警察による容疑者宅訪問捜査)で警察に名前を聞かれ、本人でないと言っているのに撃ち殺されてしまった人も近所にいる」と述べ、麻薬戦争下では、夫と同様に容疑のない人でさえ超法規的殺害の対象になっていることを強調した。(竹下友章)

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