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11月15日のまにら新聞から

在りし日のマニラを照らす 復元されたジョーンズ・ブリッジ

[ 767字|2019.11.15|社会|新聞論調 ]

 マニラ市のジョーンズ・ブリッジが最近、復元され、美しい装飾が称賛の声を集めている。ビノンド地区とイントラムロスをつなぐこの橋は、中華系実業家からの2千万ペソの寄付を受け、イスコ・モレノ市長のもとで新たな命を吹き込まれた。

 ジョーンズ・ブリッジは歴史ある橋だ。最初の橋は、スペインが1876年に建設したスペイン橋に代替するものとして1919年に建設された。

 フィリピンに立法上の自治権を与えた1916年のジョーンズ法の起草者、米国のウィリアム・ジョーンズ議員にちなんで名付けられた。この橋の建設は米国人建築家のダニエル・バーンハムによる都市計画の一部で、比人建築家のフアン・アレリャーノが設計を担った。3つのアーチと2つの橋柱というデザインはパリのセーヌ川にあるアレクサンドル3世橋に似ており、当時、橋の両端には母性と国を表す像が設置された。

 1945年、第二次世界大戦中に起きたマニラ市街戦で、日本軍は米軍のマニラへの進撃を食い止めようとこの橋を爆撃。像も一体破壊された。戦後速やかに再建されたが、質素なデザインに変えられた。1998年、当時のラモス大統領夫人の依頼を受け、建築家コンラッド・オンラオが部分的に復元した。

 そして今年、モレノ市長が復元計画を発表した。リサール公園やエルミタ地区の控訴裁判所に移されていた像は再設置され、破壊された像は国立図書館の記録を基に復元された。ランプの柱は建築家のジェリー・アクサールが、戦争で破壊される前のマニラをイメージしてデザインしたものだという。

 経済成長により、マニラ周辺の都市も著しく発展してきたが、500年の歴史を持ち、世界に知られたマニラはやはり他の街から際立つものがある。ジョーンズ・ブリッジのランプの灯は今、その歴史を照らしている。(12日・ブレティン)

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