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9月3日のまにら新聞から

傷だらけの歴史 英雄の日

[ 748字|2017.9.3|社会|新聞論調 ]

 英雄の日の8月28日、ドゥテルテ大統領は「自由や独立、民主主義のために道を開いた」英雄たちを模範とするよう国民に求めた。

 われわれは大抵、地名や銅像に名前を刻まれた人物を英雄と認識している。例えば、アンドレス・ボニファシオやアポリナリオ・マビニは確かに自由のために闘い国家の礎を築いたが、一方でフィリピンが米国の支配下につくよう活動していたペドロ・パテルノなどの人物の名前を冠した地名も存在する。日本のかいらい政権で要職についた人物の名前をとった町もある。マニラ市とダバオ市にはマグサイサイ元大統領の名前がつけられた通りがある。民主主義社会への貢献をたたえて賞も設けられている人物だ。

 他方、キリノ元大統領の名前も、町や道、学校などにつけられている。大統領が就任式を行うキリノ・グラウンドの由来でもある。しかし1953年には、選挙でマグサイサイ氏に敗れた。キリノ元大統領は経済を壊滅寸前まで追い込んだだけでなく、人身保護令状を停止し政敵の逮捕を行った最初の大統領でもある。その退廃ぶりから、マグサイサイ陣営は「マグサイサイでなければ民主主義が息絶える」との標語を掲げて選挙を戦った。

 また、8月21日はマルコス独裁から国民を救うことに人生をかけたニノイ・アキノ氏を悼む記念日だった。しかし、そのアキノ氏暗殺を招いたとみられるマルコス元大統領は今、英雄墓地に眠っている。それでも、大統領はこれら全ての人物を模範とするようわれわれに求めている。

 英雄の日には、ボニファシオや初代大統領エミリオ・アギナルドの映像がテレビで流れる。その中にはボニファシオがアギナルドに処刑される描写もある。英雄の日、それはわれわれの国の傷だらけの歴史を克明に描き出している。(31日・インクワイアラー)

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