警察同行記
首都圏エルミタ・マラテ両地区で、警官の深夜のパトロールに同行
首都圏マニラ市マラテ、エルミタ両地区は、飲食店が立ち並び、夜になると、きらびやかなネオンが輝く首都圏屈指の歓楽街。外国人観光客も数多く、しばしば強盗やすりなど、犯罪の舞台にもなる。近年、エルミタ地区を担当する首都圏警察マニラ市本部第5分署と飲食店、ホテル経営者らが協力して、歓楽街の治安強化を進めている。警官は毎日、定期的にパトロールを行い、目を光らせる。第5分署エルミタ地区派出所で、宿直警官の夜のパトロールに同行した。
▽午後7時
派出所は、エルミタ地区にある商業施設の前、ペドロヒル通り沿いにある。
年越しが迫る2013年12月28日午後7時。派出所に夜勤シフトの警官が集まり、日勤の警官と引き継ぎを行っていた。この日の夜勤は、メナンドロ・ユージェニオ巡査長(41)と巡査2人の計3人。本来はあと2人巡査がいるが、今夜は非番だという。
ユージェニオ巡査長は笑顔一つ見せず、淡々と引き継ぎ書類に目を通す。「夜間のトラブルでは、酔った外国人観光客によるけんかが、最も多い」と話してくれた。
▽午後8時50分
ユージェニオ巡査長が、チャッキー・ヒラ巡査(23)を連れて派出所の外に出た。これから歓楽街の巡回に行くという。派出所の前にある数台のオートバイのうち、サイドカー付きのオートバイに乗り込み、エンジンを入れる。「警察のオートバイは、この1台だけ。他は警官個人のものだ。警察車が少ないので、自分のオートバイで通報先に駆けつけることもあるが、ガソリン代が経費で落ちるのは警察車だけ。他は自己負担」と、巡査長はこぼした。
警官2人と記者を乗せたサイドカー付きオートバイは、アドリアティコ通りからマラテ地区に入った。さらに、デルピラー通りを経て、エルミタ地区へ。TMカラウ通り沿いにある銀行の前で止まると、警備員が近寄ってきた。異常はないかと聞くと、警備員は笑顔で何もない、と巡査長に告げた。巡査長は「この銀行では、よく警報が鳴る。強盗が入ったことはあまりないが、人が近づくと警報がすぐに鳴るように設定されているようだ。この街では、みな警報に敏感になっている」と説明する。
オートバイは30分ほどかけて街をまわり、派出所に戻った。毎晩2〜3回は、このような巡回が行われるという。
▽午後11時
ユージェニオ巡査長は警官になって13年目。これまでは第5分署で勤務していたが、昨年11月からこの派出所に移った。家族と共に住むブラカン州から3時間かけて派出所に通っているという。警官になったのは「市民を助けたいから。自分にとって天職だと思う」と誇らしげに話した。
ヒラ巡査は派出所に配属されて3週間目。7月に警察学校を卒業したばかりという。「警官は立派な職業だ。みんなが尊敬してくれる」と率直に答えた。
午後11時15分ごろ、飲食店の経営者という40代の比人男性が派出所に現れた。オーストラリア人の客が、朝から店に居座り、飲食代を払おうとしないらしい。アーサー・ヒダルゴ巡査(32)とヒラ巡査が現場に向かう。警官は令状がなければ店内に入れない。店の外で客が出てくるのを待つ。経営者が客に外へ出るよう促したが、オーストラリア人の客は出てこなかった。ヒダルゴ巡査は、経営者に引き続き説得するよう助言。それでも聞き入れられない場合は、もう一度、通報するよう話し引き上げた。
「夜はこうした客のトラブルばかりで、すりや窃盗は、日中に多い」とヒダルゴ巡査は明かした。その理由は、と聞くと「夜は警官が数多く配置されるが、その分、日中に人員を割けないから」と答えた。
▽午前1時15分
日付が変わったこの時刻になっても、街はますます賑わいを増している。1組のフィリピン人男女が派出所を訪れた。何やら口論をしている。事情を聞くと、女性が、隣人の韓国人と関係を持ったと男性が疑い、けんかになったようだ。男性の訴えでは、女性が男性に暴力を振るったという。
ところが、詳しく話しを聞いてみると、実は男性が女性に対し、日頃から暴力を振るっていたことが分かった。
ユージェニオ巡査長によると、女性が告訴すれば事件として扱うことになるという。結局、2人は派出所の外で話し合うことになった。男性の家族も駆けつけ、話し合いは午前4時過ぎまで続いた。結局、女性が折れる格好で告訴しないことで決着した。
2人は、男性の家族に連れられ、夜の街に消えていった。女性は、それでも不満なのか、男性とその家族から少し距離を置いて歩いて行くのが見えた。
▽午前6時
街の騒々しさは午前3時を過ぎたころから、少しずつ収まってきた。通報やクレームはまだ続く。宿直警官たちは、それらに耳を傾け、巡回を繰り返す。
外が明るくなり始めた午前6時ごろ、日本人と名乗る初老男性が派出所の扉を開いた。男性は、ろれつが回らない。ひたすら、知り合いの娘がさらわれたなどと繰り返していたが、具体的な話になると、急に何も答えられなくなった。
東北で自動車会社を経営しており、年齢は64歳と言った。
男性は、しきりにエルミタ地区にある飲食店の店名を挙げ、連れて行ってくれと迫った。そこにさらわれた娘がいるのだという。結局、ユージェニオ巡査長が男性と一緒にその飲食店まで行くことになった。
ところが、飲食店まで来ると、男性は1人で店内に入り、何事もなかったように酒を飲み始めた。外には二度と出てこなかった。
▽午前7時
日勤の警官が次々に出勤してきた。相変わらず、笑顔を見せないユージェニオ巡査長は、日勤の警官に簡単な報告を済ませると、やっと少しほほを緩ませて、記者に別れのあいさつをした。これからブラカン州まで帰るのだという。ヒラ巡査とヒダルゴ巡査も、それぞれ、自分のオートバイで家路に着いた。ヒダルゴ巡査は、記者に向かって手を振ると、タフト通りの方角へ走って行った。
◇
今回、派出所のオートバイに乗せてもらい、警官のパトロールに同行した。夜のエルミタ・マラテ地区は比人よりも、むしろ外国人が多い。ひとときだけ訪れたこの国を、外国人旅行者はわが物顔で歩いている。近くの路上では、ちりとほこりにまみれた比人が横になっている。夜勤の巡査らが直面するトラブルの多くは、外国人によって引き起こされるという。
しかし、海外へ届くのは、比人が起こす強盗や窃盗といった負のイメージばかりだ。われわれ外国人は、フィリピンについて何か勘違いしている部分があるのかもしれない。
陽はすでに高く上っていた。清掃作業員が派出所前の通りをほうきで掃いている。夜の歓楽街はやっと眠りについたようだった。(加藤昌平)