新年連載「コネクタード:日比を繋ぐ人」② 東海地方で活躍する在日比人と彼らを支援する日本人を紹介。比人ら外国人の定住を注文住宅で支えるセイエイの鈴木利則社長
静岡県西端の浜松市から天竜川をはさんで東隣にある磐田市。ヤマハ発動機の本社やスズキの自動車工場、河合楽器製作所のグランドピアノ工場など著名な企業の本社や工場があることで知られている。ジュビロ磐田の本拠地の一つとして知られサッカー熱も高いこの市で近年、在日フィリピン人家族向けの注文住宅をどんどん建てている住宅会社があると聞き、11月上旬に現地を訪れた。
▽田畑に立つフィリピノタウン
JR東海道線の豊田町駅を降りて車で20分ほど南下すると田畑の間に住宅地がまばらに拡がる一帯に突如、フィリピン国旗のデザインが付いた「フィリピノタウン」という黄色い看板が目に入ってきた。周辺の住宅より斬新なデザインとグレーや黒色を基調としたまだ新しい建売住宅が4~5軒集まっている。この住宅の一軒に住むフィリピン人夫妻がたまたま家から出てきたので話を聞くことにした。
フィリピン中部のイロイロ市から来日し、磐田市のこの注文住宅に移り住んでいたのはホガールさん(58)とヘレンさん(49)のガヨマ夫妻だった。ヘレンさんの父親が日系人として認定されたため夫妻は2002年から05年にかけて来日し、最初は浜松市にある自動車部品工場などで共働きし、子ども2人と暮らしてきた。当初は家族でアパートに暮らしていたが、新築住宅を購入しても住宅ローンを借りると毎月6万円ほど払えば最後には自分のものとなり、ローンの手配を含め自分たちの好みに合う設計で注文住宅を建ててくれる業者がいると親戚から聞き契約することにしたという。
イロイロ市では公設市場で鮮魚店を営んでいたというホガールさんは「日本は税金が高いけれどちゃんと働いていたら快適な生活が送れる。アパートは狭かったので20代の息子が広い家に移り住めたことを大喜びしている」と磐田市での生活に満足している様子。妻のヘレンさんも「フィリピンでは違法薬物戦争などがあって子どもたちのことが心配だった。この住宅地に入居している他のフィリピン人家族ともよくバーベキューをしたりパーティーを開いたりして仲良く暮らしている」と笑顔で教えてくれた。
▽フィリピン人が顧客の8割
この住宅地を案内してくれた住宅販売会社、株式会社セイエイの鈴木利則社長(73)は「今はもう日本人相手には商売していません。顧客の8割がフィリピン人で、2割が日系ブラジル人とペルー人。フィリピン人の顧客は営業をしなくても口コミだけで彼らの方から必要書類も全部そろえて会社に来てくれます」と比人相手の注文住宅販売で十分に経営が成り立っていると教えてくれた。同社の従業員も現在、ブラジル人が3人、フィリピン人2人、日本人は1人だけだという。
中学校を中途退学して東京にいた親戚の貴金属店で丁稚奉公したり、大工の棟梁の下でアルバイトをしたりするなど苦労した後、24歳の時に建築会社を立ち上げた鈴木さん。当時、日本に来て苦労しながら仕事をし、生活する日系ブラジル人の姿を見て、彼らに親近感を覚え、住む家を紹介することもあったという。
今から10数年前に一度、隣接する袋井市にある中古住宅を新婚の日系ブラジル人夫婦に紹介したことがあった。しかし、ブラジル人が入居するということを知り、現地の自治会が反対運動を起こしたという。「私も間に立って自治会を説得しました。新聞社やテレビ局が取材に来るなど一時大騒ぎになりましたよ。法務局から調査団が来て自治体や地元自治会にも受け入れるよう働きかけしたほどです」と鈴木さん。
その後、磐田市だけでなく静岡県各地に住む日系ブラジル人やフィリピン人への注文住宅を手広く扱うようになり、これまでに静岡県内に住む外国人向けに300~400軒の住宅を建てたり、販売したりしたという。
「最近はベトナム人やインドネシア人からの引き合いも増えてきているが、彼らは中古住宅が欲しいようです。フィリピン人やブラジル人、ペルー人などは注文住宅を希望するケースが多い」と鈴木さん。注文住宅の価格は1軒当たり2500万円ぐらいだが、ローン会社との契約も会社のフィリピン人従業員らが間に立ってサポートする体制が整っている。
▽信用と愛のある関係
本社の隣にあるモデルハウスを見せてもらった。まるでフィリピンの高級コンドミニアムのようで、シンプルなデザインの日本の住宅とはかなり違う内装だ。白を基調とした壁やタイル張りの床がピカピカと光っている。1階のリビングから2階に上がる階段がゆるやかなカーブ階段となっているほか、豪華な装飾のシャンデリアも目立つ。また大理石がふんだんに使われ、シャワー室やトイレ、玄関などの細部の壁や調度品のデザインが洗練されており、ガラスや石の素材も効果的に使っている。
「ブラジル人の業者から調度品やタイルなどを仕入れているのでデザインがやはり垢抜けている。フィリピン人のお客さんにも好評です」という鈴木さんは「儲けはあまり考えていません。お客さんとの信用と愛のある関係が大事だと思っています」と少しはにかんだ。
車で浜松駅まで送ってもらう途中でフィリピン人従業員から鈴木さんの携帯に電話がかかってきた。「会社の2階のスペースを親族とのパーティーに使わせてもらえないか」というフィリピン人の顧客からの「特別なリクエスト」についてだった。「時々、うちの会社の空きスペースを使わせてあげているんですよ」と鈴木さん。フィリピン風の助け合い精神にも身を置きながら商売とのバランスを取るのに少し苦労しているようだったが、楽しそうでもあった。(澤田公伸、つづく)