英雄は「どう自らを犠牲にしたか」 ボニファシオデー式典でロブレド前副大統領
ロブレド前副大統領がマルコス前政権下の人権被害者を追悼する資料館訪問「ヒロイズムは権力者が決めるべきものではない」
マルコス前政権下の人権被害者を追悼する首都圏ケソン市の資料館「バンタヨッグ・ナン・マガ・バヤーニ」(英雄たちの記念碑)で11月30日、前副大統領で弁護士のレニー・ロブレド氏が、「ヒロイズムは権力者が決めるべきものではない」とのメッセージを発した。この日はアンドレス・ボニファシオの生誕160年にあたり、ロブレド氏は過去にも同じ日に合わせて記念碑を訪問している。
1992年設立の同記念碑には、戒厳令下の犠牲者ら約330人の名がこれまでに刻まれている。その石碑「追憶の壁」が並ぶ庭の中央で、この日新たに資料館が「英雄」として認定した6人が「殿堂入り」を果たした。同資料館を運営する財団に関係する政界関係者や協力者、各種人権団体の関係者らも出席。ただ、それ以上に「英雄」の家族・親族らが多く集まり、ある犠牲者の親族は、その数の多さに、ステージ上に乗り切らず、会場の笑いを誘っていた。
入り口付近には要人警護と見られる警察車両が止まり、警察官の姿もあったが、物々しい雰囲気は全く見られず、セキュリティーチェックなどもなかった。冒頭の国家斉唱時には国旗が高々と掲げられた。式典ではステージ上に家族を呼び上げ、一人一人の生前を回想した後で表彰。その都度8回ずつドラを鳴らし、全員が拳を空に突き上げ、「あなたを迎えます」「マブーハイ(ようこそ)」と叫んで祝福する、一連の儀式が繰り返された。
2022年の総選挙でロブレド氏と共に、自由党から副大統領選に立候補していた元上院議員のキコ・パギリナン氏や同選挙で上院選に立候補し落選したチェル・ジョクノ弁護士らが同席。人権派弁護士として知られ、昨年から同資料館の財団理事長に迎えられているジョクノ氏は、選挙戦当時の「同志」との再会を懐かしむ様子だった。同弁護士は、冒頭のあいさつで、今回新たに名が刻まれ「殿堂入り」を果たす6人の名を読み上げ、前回刻まれていた3人についても、改めて旧マルコス政権下での「英雄的」功績などをたたえた。
殿堂入りした6人はヘススアントニオ・カルピオさん(人権弁護士)、ルイ・ヘネラルさん(人権弁護士)、メレシオ・マリモンさん(東ダバオ州の人権活動家)、エメリト・ロドリゲスさん(南ダバオ州の人権活動家)、マヌエル・サンピアノさん(ダバオ市在住の先住民マノボで教会ボランティア)、イサガニ・セラノさん(開発・環境活動家)。
▽「英雄」の定義
ロブレド氏は「『英雄』の正しい定義は果たしてあるのだろうか」と問いかけ、「ある人たちからは注目され、ある人からは糾弾されるような人たちを英雄とみなしていいのだろうか。想像で作り出された物語はヒロイズムにつながる道でなく、ましてや権力者が決めるべきものでもない」と述べた。
その上で「英雄であることは、投獄や死によって妨げられず、英雄であるかどうかが、どこに埋葬されるかで決まるわけでもない。その人の生きざまや、私利私欲に代えて、正義という大義のため、どう自らを犠牲にしたかによって決まる」と、反対の声が強かった中で、ドゥテルテ政権下で英雄墓地に埋葬されたマルコス元大統領(現大統領の父親)を批判した。
ロブレド氏はまた、「歴史は歴史であり、正しいことは正しく、間違っていることは間違っている。真実は賛同者の数では決まらない」。「英雄とは何かという定義は政治情勢で変わるものではない。人に宿したヒロイズムは、その記憶が葬り去られても、決して消し去ることはできない。たとえ彼らの顔が記憶から消されてもだ」と時の為政者の政治的利益から、過去に根ざした記念行事や場所の名称などを打ち消す動きがあることへの警鐘とも取れる言葉を口にした。
ビコール地域で主に人権を擁護する弁護活動に従事してきたロブレド氏は、航空機事故で現職の内務自治相だった夫のジェシー・ロブレド氏を失い、それを機に2012年に政治家へと転身。13年に南カマリネス州選出の下院議員に当選、一期を務めた後の16年に副大統領選に立候補し、当時対立候補だったボンボン・マルコス氏=現大統領=を僅差で押さえて当選した。国際社会からも人権侵害で糾弾されているドゥテルテ大統領の下で、多くの困難に直面したが、「真の改革」を掲げた22年大統領選に立候補。マルコス氏とぶつかり大差で敗れた。
▽歌で聴衆揺さぶる
式典の中盤、タガログ語に加え、中部ルソン地域の先住民アエタや、北部ルソン地域の同イフガオ、シエラマドレ山脈の同ドゥマガットなど、多くの先住民言語を取り入れたユニークかつメッセージ性の強い音楽グループ「タラヒブ・ピープルズ・ミュージック」に聴衆は釘付けに。通常はミンダナオ地方のギターやゴングなども加えた8人編成だが、この日は女性2人が歌い男性1人がギターを弾いていた。
ギターのバーン・ベラチョさんは、まにら新聞に「私たちは比先住民の文化や音楽、先祖伝来の土地問題や人権侵害・迫害の実情など、声なき人たちの苦難を歌に込めて活動している」と説明。メンバーには文化方面や社会開発分野で働く者もいる。ベラチョさん自身も社会学や共同体組織論を専攻してきたという。これまでにヨーロッパやアジア各地でツアーを行っており、来年早々には日本のレーベルの下でアルバムを収録する予定もある。
グループ名の「タラヒブ(野生サトウキビ)」は、「道端のどこからでも芽を出すことができる。『一般的な草』のメタファーで、人々のストーリーを意味する」とした一方、「タラヒブの葉は鋭く、通ろうとすればけがをする。もし汚職にまみれた政治家や不正義を支持すれば、私たちの曲でけがをする、とのメッセージを込めている」と力を込めた。(岡田薫)