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2月16日のまにら新聞から

「一体感うまく演出」 大統領の在日OFW交流会

[ 2199字|2023.2.16|社会 (society) ]

鹿児島大・西村知教授にマルコス大統領と在日OFWとの交流会について聞いた

 5日間にわたるマルコス大統領の訪日日程の最終日となった12日、東京で在日比人ら約1500人と大統領の交流会が開かれた。昨年の大統領選において、海外比人就労者(OFW)らによる不在者投票で74%という圧倒的な得票率を獲得した大統領は、在日比人らとどのようなコミュニケーションを取ったのか。同交流会に招待された数少ない邦人の一人であるフィリピン研究者の西村知(さとる)教授=鹿児島大、経済学博士=に話を聞いた。(聞き手は竹下友章)

 ―招待を受けた経緯は。

 最近は鹿児島県の離島に住む比人の研究をするかたわら、比人と邦人の文化交流団体「KFCC」(鹿児島フィリピン文化サークル)での活動も行っている。昨年、大阪の比国総領事館からの依頼で領事業務に協力する機会があり、その縁でマウリシオ駐大阪比国総領事と親交を深め、同総領事からKFCCの西村ジョアン会長、豊島エルヴィラ会計責任者とともに招待を受けた。

 ―会場の様子は。

 参加者の9割ほどは40~60代の比人女性で、イスには比の国旗が用意されていた。警備は厳重。会場では大統領応援歌が鳴り響き、巨大スクリーンには洗練された大統領紹介映像が映し出されていた。照明の使い方はボクシングのタイトル戦前の演出のように派手だった。

 ―イベントの内容は。

 予定では午前9時から正午までの3時間。最初の2時間は、在日比人歌手やダンサーによるパフォーマンス、ゲーム、帽子やTシャツなどのプレゼントの配布、そしてDJ風の司会者が参加者にマイクを向け日本在住比人の思いを聞く、といった出し物やアクティビティで盛り上がっていた。日本在住OFWの努力と貢献をねぎらい、感謝するイベントという印象を持った。

 ―特に印象に残る演出は。

 比人ラッパー、アンドリューEさんが手掛けたマルコス、サラ正副大統領ペアの応援歌「バゴン・ピリピナス、バゴン・ムクハ」(新しいフィリピン、ニューフェース)を使った、司会者と会場との掛け合い。とても印象に残る歌とリズムで、司会者の呼び掛けに参加者は「ボンボン・マルコス!」などと合いの手を入れ、熱気と一体感が醸成されていた。司会者は、「サマサマ・タヨ」(私たちは一緒だ)といった言葉を繰り返し強調していた。

 ―出席した閣僚は。

 開始後2時間ほど経って、アロヨ元大統領や経済閣僚ら錚々(そうそう)たる訪問団約20人が登場。その中から、オプレ移民労働者相とフラスコ観光相の2人だけスピーチを行った。2人のスピーチはそれぞれ7~8分と短時間。オプレ大臣はOFWの権利を守るために弁護士などの専門家を増強する方針を表明した。一方、フラスコ大臣は、外国人観光客を比に招き入れた海外比人に抽選で景品を贈呈するという「ビシタ・ビーマイゲスト」というプログラムについて説明した。これは今回の交流会で説明された数少ない具体的政策だったと思う。

 ―大統領のスピーチは。

 マルコス大統領のスピーチが始まったのは、終了予定である正午の15分前。スピーチは15分だけかと思ったら、予定を延長し約45分演説した。「平日は皆さんが忙しいと思ったので、日曜日にこの機会を設定しました」と気遣いを示す「つかみ」から始まり、対等な姿勢で臨む海外訪問の方針、OFWの比経済への貢献、「草の根大使」としてOFWが果たしてきた役割と比イメージ向上への感謝、中小零細企業支援や質の高い雇用創出の必要性に関する問題意識の提示など、流れるように話を展開した。最後は「外は寒いが、比人が集うここは熱気にあふれている」とたたえ、歓声を浴びていた。

 大統領のタガログ語はきれいで、分かりやすかった。聞き手への気遣いをはさみ、話が上手という印象。原稿を読んでいない話し方で、頭の回転の速さが伺えた。

 ―課題を挙げるなら。

 長時間、人の話を聞くのが苦手な自分でも45分聞き入るほど話が上手かった一方で、後で自分のメモを見返すと、具体的な政策に関する発言はほとんどなかったことに気づいた。また、今回のイベントで見せたような徹底して参加者を喜ばせる姿勢には、ポピュリスト的な一面を感じた。ポピュリズムが経済政策に反映されると、費用便益計算を度外視し、不要に財政を逼迫(ひっぱく)させる「ばらまき」政策につながる可能性もある。

 まだ一介の下院議員に過ぎない長男のサンドロ・マルコス氏を代表団に入れていることも気になった。スピーチで代表団を紹介するとき、大統領はサンドロ氏の紹介を(おそらくは)あえて飛ばし、会場からどよめきが上がった後に、満を持して紹介するという一幕があった。これは、世界各国での同様のイベントで行っている定番の演出。端正な顔立ちのサンドロ氏はひときわ大きな声援を受けていた。

 故マルコス元大統領は、若い頃の現大統領を各地に連れて行って顔を売り、後継者として育てていた。それと同じことをしているのだろう。こうした部分はネポティズム(縁故主義)として今後、批判の対象ともなりえる。

 高い経済成長を記録しても経済格差が大きく、人口の多くを占める低所得層に所得が行き渡らないことが比経済の構造的問題。スピーチで大統領がこの点を認識していることは伝わってきたが、この問題にどのような処方箋で対処していくかが、新政権の課題となるだろう。

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