麻薬戦争もう一つの最前線・下 「生涯にわたる問題」 治療の現場からの声
社会復帰プログラムの担当者や治療中の患者に話を聞いた
国際協力機構(JICA)は2017年12月以降、技術協力プロジェクトを通じた薬物依存症患者への社会復帰プログラムに取り組んできた。JICAは独自の治療プログラム「INTREPRET」を保健省管轄の治療リハビリテーションセンター(TRC)3カ所において試験的に導入。モニターを続ける患者は現時点で計72人に及ぶ。
首都圏タギッグ市ビクタンの施設には患者45人が在籍し、ルソン地方ダグパン市では18人、カビテ州タガイタイ市で9人と続く。INTREPRETに基づき、主に2種類のセッションが週5~6回にわたって行われ、その他の入所者との効果の違いを比較検証している。
TRCビクタンで午前に1時間の治療セッションを終えたばかりのクリスチャンさん(38)は、マニラ市サンアンドレス地区で住宅塗装業の仕事に就いていたが、違法薬物所持の容疑で2020年9月23日に逮捕された。裁判所は2002年発効の共和国法第9165号の15条が定める初回逮捕者への6カ月間のリハビリテーションセンター入所を命じた。しかし、クリスチャンさんは同TRC入所した22年4月28日までの1年半余りを刑務所で「受刑者として過ごした」という。
INTREPRETを受けているクリスチャンさんは「自らの薬物中毒の体験を話して聞かせることで、自分に自信が持てるようになった」とし「治療を終えたら再び元の環境に戻ることになるが、以前の自分に戻るつもりはない」と強調した。刑務所との違いについては「刑務所では薬物が手に入る余地があり、薬物の誘惑に対して抗う方法や自らの弱みと向き合うことを含め、ここで学べることの方がはるかに多い。ここに来て自分を取り戻すことができた」と前向きに語った。
薬物使用に至った要因は「貧困ではなく、残業などが多かった仕事上、覚せい剤を使用して仕事をすることで疲れを紛らわせていた」。ドゥテルテ政権の「麻薬戦争」について尋ねると「使用中は他人がどう思おうが構わなくなり、恐れなどは一切なかった。鏡の中の自分がとても酷い表情をしていたのを覚えている」とも振り返った。
近日中に13歳を迎える1人娘の父親であるクリスチャンさんは、娘の面倒を両親に託している。「18歳未満の施設訪問が禁じられていて、娘と会えないことが悲しい」と施設での辛い一面も吐露した。
▽患者の知性が開花
カウンセラーとして2016年から同TRCで働き、INTREPRETではファシリテーター役を務めるデイジレット・パトドさん(27)は「INTREPRETを導入する以前はカウンセラーの裁量で日々の活動を考えていたが、INTREPRETでは予め作成されたモジュール(教科書)に沿ってセッションを行っていく」と違いを説明。「人数もかつての1グループ50人以上から15~20人へと少数重視となり、患者一人一人が体験を話せる機会が格段に増えた」と評価する。
結果として「初回では恥ずかしがったり、他人の前で話したがらなかった患者が、徐々に発言するようになる。セッションを繰り返すことで彼らの洞察力や知性が開花していくのが感じられる」と成果の表れを伝えた。
薬物使用に至る最も一般的な要因として「家庭内問題や交友関係で、問題を逃れるために作った友人が薬物常習者であったりする。貧困問題というより仕事に絡み、疲れた身体にムチ打つかのように使用する人は多い」と明かした。
一方でパトドさんによると、世間には薬物依存症患者を「アディック(中毒者)」と呼び、「彼ら自身の選択で薬物を使用している」といった社会的スティグマが根強い。「だが現実には彼らは自らの欲求に対し、それを適切にコントロールできる状態にはない」。施設では「患者」として接し「生涯にわたって薬物に手を出さない方法を一緒に考えて導いている」と話した。
▽「良き理解者は家族」
6カ月間のINTREPRETが終了した後、「それで完治したわけではなく」さらに18カ月間は週1回のアフターケアを行うという。再び元の環境に戻った際、「元使用者は社会的なスティグマに遭遇するだろうが、最も理解し受け入れてくれるのは家族であるはず」というパトドさんの言葉が印象的だった。「薬物は生涯続く問題」との意識を患者と共有し、同じ社会の中で再び歩めるよう支えていくJICAや同TRC関係者らの活動に、これまで比の麻薬戦争から見えてこなかった人間味あるものに接した思いがした。(岡田薫)