パテロスのバロット工場
「原産地参入」で窮地に
アヒルの卵をふ化の三日ほど前にゆでて作る「バロット」。グロテスクな外見のため、日本人にはなじみが薄いが、消化しやすいアミノ酸を大量に含み、カルシウムなどの栄養分も豊富。酒のつまみとしても人気の一品だ。マカティ市の中心街から車で二十分、バロットの「工場」が多いパテロス町でもしにせとして有名なバロット加工会社「エル・パト」を訪ねた。
「バロットにする卵は生まれてから十七日目ぐらいが最適といわれている。おいしいバロットを作るコツは中の状態を毎日チェックすること」と語るのはこの道三十五年の職人、エドゥアルド・カルコさん(71)だ。
工場は広さ約二百平方メートル。毎週月曜日と水曜日の週二回、カビテ州やラグナ州から送られて来るアヒルの卵を約六千個づつ購入する。常時三万個ほどが「生産ライン」に並ぶ。
おいしいバロット作りを目指し、この工場では卵を暖めるのに電気や機械をいっさい使わない。卵を冷やさないようにおがくずの箱の中に卵の入った四十個ほどの竹かごを沈め、卵自身の持つ熱を利用して暖める。冷房のない部屋の中でバロット職人二人が、汗を流しながら黙々と働いている。
ふ化寸前かどうか、食べごろかどうかの判断は、床に置いてある百ワットの電球に透かして確認する。明るい光にかざすと中にひよこの影が写るからだ。しかし、カルコさんぐらいの熟練者になると、ほおに当てて卵の暖かさを確認するだけで判断がつくという。
「成長する速度は卵によって違う。二十パーセントぐらいが流産するので、確認作業は一年中、休みなしでやってる」。確認作業は毎朝九時から一時間半ほどかかる。
ここで作られたバロットは好評で、首都圏各地から来る販売業者に一個五・五ペソで取引されている。多いときには一日に五千個ほど、平均して二千個弱がさばけるという。売られた卵は販売業者によって二十分ほど煮込まれた後、店頭に並ぶ。
しかし、バロット名産地、パテロスの先行きは決して明るくない。アヒルを育てているカビテ州など原産地の農家が二、三十年前から加工にも参入し始めたからだ。首都圏の商品より一個あたり五十センタボほど安いため、パテロス町のバロット工場はどこも規模の縮小を余儀なくされているという。
「エル・パト」経営者のエリー・トゥアソンさん(79)は、「うちはパテロス一のしにせ、昔の工場は今の四倍はあった」と誇らしげに語る。しかし工場の今後については、「もう子供も働いてるし昔、貯金して建てたアパートを二軒持っているので、この家賃で食べていけるから……」と将来設計を今から真剣に考えているようだった。(阿倍隼人)