「内政干渉」への反発 麻薬戦争以外にも火種
ドゥテルテの舵取り2・人権問題で国際刑事裁判所への大統領の怒り
「ドゥテルテ、国際刑事裁判所(ICC)の提訴取り下げ拒否を非難」
現存の比英字紙で最も古いマニラタイムズは、創刊123年目の元日1面トップで、国際司法機関に対する大統領の怒りを伝えた。
大統領の目玉政策「麻薬戦争」に対して、ICCのファトウ・ベンソーダ検事は予備調査を進めており、先月15日の報告書で「人道に対する罪が犯されたと信じる合理的根拠が確認された」と発表。正式な調査に入るか、今年前半には決定したいとの意向を明らかにしていた。
▽大統領が激怒
「もしそう(犯罪が事実)だとしたら、我々は刑務所に入る準備ができている」。大統領は激怒して反論した。
「あなたは気が狂っているに違いない。ここ(フィリピン)には裁判所があり、機能している」「なぜ我が国に干渉するのか。誰がその権限を与えたのか。どのような神の法によって、外国で私を訴追する権限を与えられたのか。そこ(裁判での検事や裁判官の席)に座っているのは愚かな白人たちだが…」
▽ICC支援の日本
ドゥテルテ政権は予備調査開始に反発、ICCを創設したローマ規定の署名を2018年3月に撤回し、比は翌19年3月に正式に脱退した。
ベンソーダ検事は白人ではなく、ガンビア出身のアフリカ人女性だ。日本は資金面も含めてICCの最大の支援国の一つで、同検事はローマ規定発効10周年の12年には外務省のシンポジウムに講師として招かれた。当時、日本記者クラブでも「平和と正義」と題して講演している。
「取り締まりの名のもとに超法規的な殺人も数多く行ってきた」と大統領は麻薬戦争の問題で欧米からの非難も受け続けている。
▽VFA破棄の発端
昨年2月の訪問米軍地位協定(VFA) 破棄通告のきっかけは麻薬戦争だったとも言える。国家警察長官在任中に取り締まりを指揮していたデラロサ上院議員に対し、米国への入国ビザが発給されず、問題化した。本人は当時、「VFAを破棄するほどの価値は自分にはない」ともらしている。
▽米新法、また火種に
人権問題をめぐる比政府と海外とのあつれきは麻薬戦争以外にも数え切れない。
米国が新型コロナウイルス対策で2・3兆ドル規模の海外支援をする2021年国務省対外活動関連事業歳出法(パンデミック援助・支出法)が昨年暮れに成立。比メディアは「サプライズ(驚き)」と報じた。
新法には「汚職やその他の虐待について発言したり、出版したりする独立ジャーナリストの脅迫や不当な投獄、自由を奪うことに関与した外国政府高官とその近親者」の入国を禁止する条項が挿入された上、比国内で昨年、サイバー犯罪法違反(名誉毀損)で有罪判決を受けたオンラインメディア、ラップラーのマリア・レッサ最高経営責任者(CEO)の名前も被害を受けたジャーナリストとして記載された。
これに対し、比政府は先月30日、「米国の法律を尊重するが、他国の主権への侵害には反対する」と表明した。
「大統領府は米国のような主権国家の民主的手続きを認識しており、米国の主権、独立性、平等を尊重する。比には独立した制度と国内法がある。それぞれが互いの国内政策を尊重することを学ばなければならず、他国の主権への侵害には眉をひそめなければならない」
ロケ大統領報道官は「この国際法の基本原則は『国連の組織と加盟国は主権平等の原則に基づいて行動しなければならない』と宣言した国連憲章に基づいている」と付け加えた。
上品な表現で体裁が異なってはいるが、言いたいことは大統領のベンソーダ検事批判と同じだ。
元日付の英字紙トリビューンは「偽りの連鎖」との社説を掲載。米国新法の入国禁止条項について「反ドゥテルテ派の有力比系米国人にこびた一部上院議員による党派的策略だ」と非難。ラップラーのレッサCEOについても厳しく批判した。
新法をめぐる経緯はデラロサ議員のビザ問題の時とそっくりだ。同じような問題が再び起こる可能性もある。(谷啓之)