保留続く訪問米軍協定 ワクチン確保に譲歩も?
ドゥテルテの舵取り1・外交・安全保障上の課題。訪問米軍地位協定の行方
コロナ禍に明け暮れた2020年、政治家も新型コロナウイルスに振り回された。フィリピンの新年はどんな年になるのか。任期が残り1年半となったドゥテルテ大統領は、米国や中国との関係で難しい舵(かじ)取りを迫られている。現政権の外交・安全保障上の課題を探った。
最大の懸案は米国との訪問米軍地位協定(VFA)の行方だ。比に駐留する米軍の法的地位を定めた協定で、1998年に締結され、比米相互防衛条約とともに比米同盟の要の一つとなってきた(本紙12月28日付に全文)。
比政府は昨年2月、協定の破棄を米政府に通告、180日後に失効するはずだった。しかし、その後、2度にわたって「破棄手続きの半年間凍結」を発表、今年5月までは保留状態が続く。
そんな中で1週間前、ドゥテルテ大統領は、また米国を挑発する言葉を発した。
「ノーワクチン、ノーVFA。(新型コロナウイルス)ワクチンなしなら、(米軍の)滞在もなしだ。最低2千万回分(1千万人分)のワクチンを届けなければ、出て行ってもらった方が良い」
▽カルピオ氏の批判
相変わらず威勢のいい発言だが、元最高裁判事のアントニオ・カルピオ氏には手厳しく批判された。
「大統領はワクチン獲得を政治問題化している。これで中国は自国のワクチンを提供する条件として、南シナ海(比名・西フィリピン海)の領有権が認められなかった国際仲裁裁判所判断の棚上げを比に求めることができる」
英字紙インクワイアラーによると、カルピオ氏は(1)欧米では中国やロシアと違って、ワクチンが民間企業で製造され、販売されることを大統領は理解していない(2)コロナ感染による10万人当たりの死者数は比は8・19人だが、米国は91人で、米国の大統領が誰であっても、VFAを救うために米国人1千万人のワクチン接種を遅らせることを正当化するのは困難だ──とも指摘した。
▽米兵に突然の恩赦
果たして、大統領の発言は本当に熟慮不足の失言だったのか。
比人の性的少数者(心は女性、体は男性)のジェニファー・ラウデさんを14年に殺害した罪で服役していた米海兵隊員、ジョゼフ・ペンバートン受刑者に対して、大統領は昨年9月、恩赦を与えた。
国外追放扱いで米国に帰国できた同受刑者は、VFAの恩恵も受けた。17年に禁錮6〜10年の判決が確定した後も、米側が刑務所収監を拒み、「特別待遇」で比国軍司令部内の拘置施設で刑期を過ごしていた。
▽VFA批判も再燃
VFAは第5条で米兵の犯罪についての刑事管轄を詳細に定めている。第6項で比側の司法手続きが1年以内に完了することを求め、完了しない場合は米側の義務を免除。拘束場所についても司法手続き完了までは米軍当局に留め置くことを規定している。
大統領の突然の恩赦は強い批判を浴びた。ラウデさんの遺族側弁護士は「ペンバートンは釈放されたが、私たちはいつ不平等な協定から自由になれるのか」とVFAも非難した。
▽「より大きな国益」
ロケ大統領報道官は記者会見で恩赦について「米国のワクチンを入手するためだろう。より大きな国益を大統領は追い求めている」と、さめた説明で弁護した。
ロケ氏も遺族側の顧問弁護士をかつて務めていた。また別の米兵のレイプ事件に絡んで、VFAが憲法違反だとする訴訟に関わったこともある。
報道官としての会見で、VFA破棄に賛同する本音をしばしば漏らしている。11月にも「VFAがなければ、殺人事件も起こらなかったのではないか」との記者の質問に「正解。その通りだ」と歯切れ良く答えている。
▽今年の合同演習は
昨年5月に予定されていた比米年次合同軍事演習「バリカタン」はVFA破棄通告から1カ月余り後、中止が発表された。VFAが合同演習を行う根拠にもなっていた。中止の表向きの理由は「両国兵士の健康と安全を最重視した」と、新型コロナウイルス感染拡大を挙げていた。
比米双方の国防関係者による「大人の対応」だったかもしれない。VFA問題結着も、コロナ禍収束も兆しはなく、今年も演習は中止になる可能性が大きい。(谷啓之)