台風ヨランダ(30号)
タクロバン空港には、国軍輸送機などでの被災地脱出を求める住民が殺到
12日午前、タクロバン空港では、国軍輸送機C130でセブ、マニラなどへの避難を求める被災者が殺到した。滑走路に輸送機が着陸する度に、駐機場の周辺で待機する被災者たちは大声を上げ、我先にと少しでも滑走路わきに駐機した輸送機に近づこうとする。その人波を国軍兵が制止する光景が繰り返し見られた。米軍の輸送機や垂直離着陸機オスプレイも飛来した。
タクロバン市では、11日深夜から12日午前にかけて断続的な大雨に見舞われた。深刻な食料と水不足に加えて、住むところを失い風雨をしのぐ場所もない多くの被災者は、依然として過酷な環境下での生活を余儀なくされている。
エドガルド・デブランチ(48)さんは、マニラの親戚に身を寄せるため、3日前から空港で順番待ちをしているという。「食料も水もない。行政は何も助けてくれない」と、必死の形相で語った。妻マルマさん(22)は涙を流しながら「早く避難させて」と訴えた。
空港内に設けられた緊急医療室には、輸送機での避難を待つ負傷者、妊婦、高齢者などが待機していた。生後8カ月の長男を抱えたギルバート・カリーリャさん(37)は、台風ヨランダによる高潮と暴風で、自宅が全壊した。近所の知り合いの家で避難生活をしていたが、長男が発熱したため、市外に避難することを決断。「一刻も早く輸送機に乗れると……」と不安げだった。
アレックス・アスティリャさん(59)は、車椅子に乗った父アマロールさん(89)と共に輸送機の到着を待っていた。アマノールさんは糖尿病を患っているが、2日前に薬が尽きた。「昨日、空港に来たが長蛇の列で、まだ順番待ちをしている」と落胆した様子で話した。
社会福祉開発省の11日発表によると、政府はタクロバン市(人口約22万人、2007年現在)内で2万4千世帯分の緊急物資を配布した。コメ6キロ、コーヒー、インスタントヌードル8パック、コーンビーフなど缶詰6個で、5人家族の2〜3日分の食料という。