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12月27日のまにら新聞から

座評軸 比は魅力的な投資先へ生まれ変われるか レッドテープ削減の苦闘から 比大客員研究員・宮川慎司

[ 2695字|2023.12.27|経済 (economy) ]

これまでフィリピン政府は政策目標の設定には長けているものの、その実施能力に欠けていると言われてきた。しかし...

宮川慎司氏

 これまでフィリピン政府は政策目標の設定には長けているものの、その実施能力に欠けていると言われてきた。しかし、近年の政府は実施能力不足に危機感を募らせ、その改善に取り組んでいる。その代表例が、フィリピンにおいて国内外の企業が事業を始めるハードルを下げることである。これまで、企業が事業を開始するにあたっては、様々な行政機関で煩雑な行政手続き(レッドテープ)を行う必要があり、それは企業にとって大きな負担となっていた。政府もその問題を認識しており、2007年に反レッドテープ法(共和国法9485号)を制定するなど、その改善の姿勢は見せていた。しかし、フィリピンではしばしばみられるように、その実施は不十分に終わっていた。

 ところが、2000年代後半から海外投資家がカンボジア、ラオス、ミャンマーといった近隣諸国を投資対象とみなし始めたことで、フィリピンは本格的にレッドテープを削減する必要性に迫られている。これまでのようにレッドテープの削減に向けた努力を怠り、ビジネス開始の障壁を下げずにいれば、外資系企業はフィリピン以外の国に投資を行う可能性が高まっているのである。フィリピンでは長年、国内の雇用機会不足が課題とされてきたが、レッドテープの削減を怠れば、雇用創出に寄与しうる外資系企業を誘致することができず、国内問題の解決をさらに困難にすると考えられる。

 ▽反レッドテープ庁の発足

 レッドテープ削減の必要性をフィリピン政府は重く受け止め、2018年にはドゥテルテ政権が2007年の反レッドテープ法を改正してビジネス簡易化法(共和国法11032号)を制定した。さらに、レッドテープ削減の実施機関として、反レッドテープ庁(Anti-Red Tape Authority: ARTA)が大統領府の下に設立された。具体的な改善点として、各行政機関のサービスの内容を示した市民憲章の作成、サービス提供にかかる日数の明確化、書類の申請、支払い、書類の発行まですべての行程をオンラインで行うワンストップショップの設置といった内容が定められた

 ARTAが達成すべき具体的な目標としては、世界銀行グループが発行するビジネス環境レポート(Doing Business Report)内のランキングが掲げられた。このランキングは、ビジネスを始めるにあたって必要な手続き、建設許可を得るにあたって必要な手続き、電力を得るにあたっての手続きなど複数の項目を指標化して世界の国・地域を順位付けするものである。このランキングは世界中の企業がその国で事業を行う際に参考にする指標であり、フィリピン政府もこのレポートの順位において、近隣の東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の後塵(こうじん)を拝していることに危機感を抱いている。2020年度のレポートでは190の国・地域中で95位、ASEAN諸国に限れば10カ国中7位であった。フィリピンは2020年度のランキングにおいて上位20%以内に入ることを目指していたが、その目標には程遠いというのが現状である。

 以上のビジネス簡易化法の制定とARTAによるレッドテープ削減に向けた取り組みの経緯については、2023年に花伝社より刊行された『現代フィリピンの地殻変動』(原民樹、西尾善太、白石奈津子、日下渉編著)の第三章において既に論じた。そこで、今回はARTAによるレッドテープ削減の具体的な実施状況を考察してみたい。

 ▽試金石となるパイロット事業

 これまでフィリピンでは、政権が交代すると前政権の政策が新政策に引き継がれず、その政策はいつしか存在が忘れ去られてしまうことが珍しくはなかった。しかし、ドゥテルテ政権は、2021年の任期最後の施政方針演説において、ビジネス簡易化法の通過を政権のマイルストーンの一つと位置付け、ARTAが創設した中央ビジネスポータル(Central Business Portal)を今後も使用し続けるように指示していた。それを受けて、2022年に誕生したマルコスJr.政権も、レッドテープ削減に力を入れている。例えば、2023年の11月29日から12月1日にフィリピン国際会議センターにおいて開催されたビジネス簡易化大会で配布されていたパンフレットには、マルコス大統領による「私たちは、デジタルインフラストラクチャーを向上させることで、この国におけるビジネス環境を改善し続ける。それによって事業許可、ライセンス、その他の必要文章の申請プロセスを合理化させる」というメッセージが記されている。

 ところが、レッドテープ削減に向けた努力は、現在大きな試練を迎えている。ARTAが大きな目標として掲げていたビジネス環境レポートのランキングは、そのデータに不正の存在が指摘され、世界銀行は同レポートの発行を2020 年度を最後に停止したのである。現在、ARTAはビジネス環境レポートのランキングの作成に用いられていた指標をローカライズし、フィリピン独自の指標とそれを測る体制を整備しようと努めている。

 具体的には、フィリピンビジネス環境改善報告システム(Philippine Ease of Doing Business Reporting System)が、現在作成されている。2022年2月にはARTAと複数の政府機関の間で同システムのパイロット試験の実施を行うことに関する共同通達(Joint Memorandum Circular)が結ばれた。しかし、この原稿を執筆している2023年12月時点において、パイロット試験の実施予定や結果に関する詳細は未だに公表されていない。

 このシステムを早急に作成することができるかどうかは、フィリピンが、政策実施能力が不足しているこれまでの状態から生まれ変わることができたのかを判断する試金石となるだろう。レッドテープ削減が不十分であれば、海外投資が他国に流れ、フィリピンの経済成長の鈍化や国内の失業率の高まりにつながる恐れがある。フィリピンは正念場を迎えているのである。

 みやがわ・しんじ 上智大学日本学術振興会特別研究員(PD)、フィリピン大学第三世界研究所客員研究員。1990年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は政治経済学、フィリピン地域研究。刊行論文に「強まる反インフォーマリティの規範」(『アジア経済』61巻3号、2020年)、「黙認されないインフォーマリティ」(『アジア研究』68巻2号、2022年)など。

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