トップに聞く 「ビジネスだからこそ社会開発に貢献」 スペクティ・根来諭COO
SNSを使った新しい防災・危機管理情報サービスで日本トップシェアを誇るベンチャー企業「スペクティ」の根来諭COOに比進出への計画などを聞いた
SNS上の情報をAI(人工知能)と専門モニタリングチームで解析し、災害・事故など、危機管理関連情報を一般メディアより格段に早く提供する新しい防災・危機管理情報サービスで日本トップシェアを誇るベンチャー企業「スペクティ」がこのほど、国際協力機構(JICA)との提携のもと、初の海外進出先としてフィリピンを選んだ。海外日系企業のサプライチェーン管理にとっても極めて重要なサービスを提供する同社。最高執行責任者(COO)兼海外事業責任者・根来諭氏に、事業内容や海外進出計画を聞いた。(聞き手は竹下友章)
―会社設立の経緯は。
創業者・村上建治郎最高執行責任者が、2011年に東日本大震災の被災地にボランティアとして入った際、避難所の空きや物資の余りなどの重要情報について、マスコミよりツイッターなどSNSの方が必要な情報を伝えているのに気づいたことがきっかけ。会社設立は2011年だったが、紆余(うよ)曲折あって自社サービス「スペクティ・プロ」を開始したのが2014年。この2〜3年で急成長した。
―サービス内容は。
「危機の可視化」がミッション。日本国外では「邦人に危険が及ぶかどうか」を基準に重大事象を選びカバーしている。当然サプライチェーン阻害事象も含まれる。SaaS=オンライン上で利用できるサービス=の形で、ほぼリアルタイムの災害・事故情報を地図上で確認し、気象情報やハザードマップなどと重ねて分析できる。例えば化学工場で火災が発生した時は風向き情報と組み合わせて、有害な煙がどの方向に向かうか把握し、どこへ避難すべきかの判断に活用できる。
―サービスの強みは。
情報のリードタイムを大幅短縮したところ。例えば、2019年の京都アニメーションスタジオ放火事件では、午前10時半過ぎに発生した火災をスペクティは10時41分に通知した。一方、NHKが第一報を出したのは11時25分だった。
2020年10月に旭化成マイクロシステム=宮崎県延岡市=で発生した火災では、一般メディアが報じる10時間前に情報を出した。スペクティ採用企業は他社より10時間早く代替半導体の確保に手が打てた。「早いもの勝ち」の世界でもあるサプライチェーン管理でこの速報性の利益は大きく、顧客からとても感謝された。
他には、一昨年、取扱量世界で5位の積出港、中国・寧波港がコロナ下で急きょ操業停止されたときは一般報道より8時間、同年のスエズ運河タンカー座礁事故では12時間早く通知している。
―偽情報への対処は。
まずAIが言語、画像分析を行う。デマ情報には権威のある機関を引用元と詐称するなどパターンがあり、AIがそれを検出する。画像デマは過去に起きた事象を今発生したかのように見せかけるものが多いので、過去の事象の大量のデータベースを構築し、それと照合している。合成フェイク画像にも対応している。またSNSアカウントに対しても過去にデマを流しているかなど投稿歴や、出来たてのアカウントかどうかで信憑性を判断している。その上でさらに、24時間体制で専門チームが目を通し、デマはもちろん無益な情報をフィルターにかける。
―独自技術は。
画像から場所を特定する解析技術で国内特許を取得している。標識の文字を読み取ったり、画像に写っている建設物の位置関係と地図情報を自動で照合して場所を割り出す。また、場所情報を含まない写真でも前後の投稿やコメント欄の情報を読み取って範囲の絞り込みを行っている。
―比を最初の進出先に選んだ理由は。
リスクマネジメント文化が成熟している米国では、スペクティと同じ技術を持っているわけではないものの競合他社が多く、まだ戦える体力はない。日系企業が進出しているアジアを優先しているが、中国はSNS規制が厳しい上に、米中対立など地政学的リスクを嫌い日系企業離れが始まっている。
いまアジアの成長センターは東南アジア諸国連合(ASEAN)。将来米国勢がASEANに殴り込んできても押し負けないように、今のうちに足場を築きたい。
その中でもまず取っ掛かりとしてフィリピンを選んだ理由は、日本と同じ災害多発国、若い平均年齢、英語が公用語、SNSが大好き、といった好条件がそろっているから。比で地歩を固め、インドネシアやタイといったASEAN主要国に進出したい。
JICA「案件化事業」に採択されたおかげで、ベンチャー企業でも現地政府に話を聞いてもらうことができている。ただ、JICA受注事業だけでなく、同時並行で事業を立ち上げ、ビジネス化を進めたい。
―価格設定は。
訪比して現地の方々にヒアリングし、試しに日本での価格をペソ換算してお伝えしたところ「安い」「払える」との反応だった。ただし実際の導入価格は、参入形態(代理店販売、支社立ち上げなど)によって変わってくると考えている。
―比開発への貢献は。
これまで日本政府は政府開発援助(ODA)事業を通じ、地震計や気象レーダー、洪水監視システム、高速道路、鉄道監視システム、ハザードマップなど単発で災害情報システムの供与を行ってきた。スペクティはこうした情報システムを有機的に統合し、一元的に利用するプラットフォームとして機能させることができる。
また比の地方自治体は日本と違い、防災情報システムの導入が進んでいない。日本では既存の防災情報システムの上にスペクティ・プロを導入する例が多かったが、比は違う。なので、アフリカで固定電話が普及していない地域にスマートフォンを普及させたような「リープフロッグ型の発展」をもたらすことができると思っている。普及させることができれば、一度の台風被災で3桁の死者が出ることも多い災害大国の比で、多くの命を危機から守ることにつながるはずだ。
そして重要なのは、援助でなくビジネスとして比に持ち込んだということ。援助には終わりがあるが、ビジネスは買い手が価格以上の便益を得て、売り手に利潤が発生する限り持続可能。マルコス政権も「技術導入による防災能力の強化」「デジタル改革(DX)の促進」「官民連携の有効活用」を掲げており、今現在の比の優先課題に貢献するサービスを提供できると思っている。
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ねごろ・さとし 1976年生まれ、東京都出身。98年慶應大法学部卒業。同年ソニー入社。ソニー・エナジーデバイス(福島県郡山市)のほか、フランス、シンガポール、ドバイ支社でセールス&マーケティングを担当。中近東アフリカ75カ国でレコーディングメディア&エナジービジネス事業責任者を経て、19年、株式会社スペクティに参加。
もっと聞きたい!
―ソニーを辞め、現在の仕事に就いたきっかけは。
ソニーは本当に素晴らしい会社で今でも大好き。ただ学生時代にやりたかった「世界中を飛び回ってビジネスをする」という夢が実現してしまい、残りの人生で何を成し遂げたいのかを考えていた。自分自身、福島県郡山在住時に東日本大震災、フランス支社時代にパリ同時多発テロへのニアミスなどを経験し、防災・危機管理の世界に課題感を持っていた。そんな中、スペクティと出会った。
―ビジネスを通じた「開発」に関心を持ったきっかけは。
海外勤務を通じて途上国開発に関心を深め、国連のような国際機関や開発コンサルティング企業について調べたが、実際は官僚主義がはびこり、それに由来する非効率性など成果につながる以外の部分の負担が大きいように感じた。また、一過性の「援助」では途上国はいつまでも自立できないという問題意識も持っていた。そんな中、バングラデシュのグラミン銀行のような、ビジネスの仕組みを回すことで社会に貢献する「社会起業」に注目が集まっていたことがきっかけ。
―影響を受けた本は。
ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」。いわゆるメタ・ヒストリーと言われるジャンルで、人類の歴史を大きな流れとして捉えた著作。普段どれだけ近視眼的になっているかを思い知らされた。偶然にも著者と誕生日が同じだった。
―影響を受けた人は。
数字を詳細にわたって徹底的に分析する人、とにかく考える前に動いて現場に飛び込んでみる人など、個性的な先輩・同僚。
―座右の銘は。
マハトマ・ガンジーの「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」。絶え間なく成長を目指して学ぶこと、そして日々全力で生きること。仕事に必要な姿勢がここに凝縮されている。
―10年後の展望は。
会社としては、危機に関する情報の収集と解析を世界規模で行い、データ駆動社会を回すための不可欠なインフラになること。個人としては、スペクティのリソースを使って、地球規模の持続可能な発展に貢献できるような人間になりたい。