ヒロット伝える
「日本人の病んだ心身癒やしたい」比独自のマッサージ、ヒロットに魅せられた山端香代子さんに聞く
マッサージといえば、「タイ古式」や「バリ式」などが真っ先に思い浮かぶ。フィリピンでもホテルでスパを楽しむ人は多いが、注目を集めつつあるのが、比独自のマッサージ「ヒロット」。ヒロットの世界に魅せられ、自身も技術を習得した山端香代子さん(42)=北海道函館市出身=にその由来や実情を聞いた。
広義のヒロットは、比の伝統民間医療またはそれに従事する人の総称。その診療手法や専門分野は多岐に渡り、助産師として出産を取り扱う人、聖霊や神と交信したりして診療する人、痛みや病気の患部をマッサージする人、薬草を処方する人、祈とうやまじないで治療する人などさまざまだ。
まとまった定義はなく、地域や治療者によって考え方や手法も違うが、いずれもスペイン統治前からある土着の精霊信仰や、カトリックと融合した比独自の信仰と結びついていることが多い。西洋医学が普及した今でも、首都圏を含め各地にヒロットがおり、比の庶民にとって身近な健康の相談役となっている。
観光促進を掲げる政府は2009年、技術教育技能開発局(TESDA)に、「ヒロット(ウェルネスマッサージ)」という資格取得コースを新設。タイやインドネシアに対抗し、ヒロットの中でも、ココナツオイルとバナナの葉を使った正統派マッサージを心身の健康のためのマッサージと定義し、外国人観光客向けに独自の手法を売り出し始めた。
「タイやバリも、本来はスピリチュアルな要素があった。信仰や儀式的な要素が前に出すぎると、敬遠されがち。手法を統一した政府の売り出し方が非常にうまく、現在のように世界中に知られる存在になった」と山端さんは分析する。
ココナツやバナナは東南アジアに広く自生しているが、これを使ったマッサージは比独自の手法という。抗菌やアロマ効果のあるココナツオイルを塗った長方形のバナナの葉を炎で暖め、全身に貼り付ける。疲れやこりが溜まっていたり、問題のある部分は葉がはがれにくくなるため、患部を特定できる。診断の後は、「ピンドゥット(押す)」「ピシル(つねる)」など基本の五つの手法を混合し、全身をもみほぐす。くどくないココナツオイルの甘い香りが漂い、とても気持ちいい。
山端さんがヒロットに出会ったのは07年、35歳の時だった。日本で職を失い、恋人とも別れ悲嘆に暮れていた時、知人を介して、カビテ州のリゾートで働く機会を得た。比に対するイメージは悪かったが「どうにでもなれ」と心機一転、来比した。職場のスパを手伝ううちに、ヒロットに興味を持つようになり、各地のヒロットを訪ね歩くようになった。「治療者たちの人間性に魅せられた。物ではなく、心の豊かさに癒やされ、人生が大きく変わった」。
10年に、日本人として初めてTESDAのヒロット講習(120時間)を修了。さらに、手法を教えるためのヒロット講師養成の講習にも参加した。
駐在中に比でしかできないことを学びたい、という日本人女性らの声を聞き、今年7月には、山端さんが通訳、助手となり、首都圏マカティ市内のTESDA認定校で初めての日本人向けヒロット講習会を開催。駐在員の妻6人が参加し、全15回を修了した。
参加者は講習後も、山端さん宅に集まり、おしゃべりを楽しみながら意欲的にヒロットを学んでいる。
駐在歴4年の甲斐真己さん(44)は「タイで日本語に翻訳されたテキストのあるマッサージ教室を見かけて、比にもこういうのがないかなと待望していた。マッサージ以外のヒロットにも興味があり、とても面白い」と話す。別の女性(35)は「講習会では、料理コースに通う比人生徒さんたちが作ってくれた40ペソの比料理を昼食に食べた。鶏や豆腐売りの声が聞こえてきたり、タガログ語を覚えたり、ボニファシオ地区の生活では触れられないローカルな比を体験できたのが良かった」と回想。講習後は、みな自宅で夫にマッサージを試し、腕を磨いているという。
今後はスパ経営も考えている山端さん。「人間関係が希薄になり、周りを気にしすぎる日本人が、比で心を救われることは多い。ヒロットを通して比のイメージを改善し、比を訪れる日本人を増やして、病んだ心身を癒やすのが最終的な目標です」と話した。
山端さんが通訳として参加するTESDAのヒロット講習会第2期が、11月4日から始まる。参加希望者は、山端さん(yk_spa@yahoo.com)まで。(大矢南)