マルコス大統領は11日深夜、緊急会見を開き、人道に対する犯罪の容疑で逮捕されたドゥテルテ前大統領を乗せた飛行機が、同日午後11時3分に離陸したと発表した。マルコス氏は「前大統領が『血塗られた麻薬戦争』に関連する人道に対する犯罪の訴追に対応できるようにするため、飛行機はオランダのハーグに向かっている」と説明。以前「国際刑事裁判所(ICC)にドゥテルテ氏の身柄を引き渡さない」「ICCの比国内捜査は主権侵害だ」と明言していた大統領。今回の会見では「ICCが逮捕状を出したから協力したわけではなく、ICCには一切協力をしていない」と強調した。その上で、「国際刑事警察機構(インターポール)には協力する義務があり、それが国際社会に対する責任。協力しなければ、海外逃亡犯の拘束や海外での人身売買被害者の救済についてインターポールの協力が得られなくなる」と説明した。
ドゥテルテ陣営から政治的迫害との批判が上がっていることについては、大統領は「この事件はフィリピンがICC加盟国だった前政権期に始まっている。その時は私は政治の舞台にいなかった。これがなぜ政治的迫害といわれるのか分からない」と答えた。
ドゥテルテ氏の支持者らが故マルコス政権やエストラダ政権を倒した「ピープルパワー革命」を呼びかけていることについては「政府は職務を遂行しているだけ。以前の政権ではそうだったのかもしれないが、現政府の決定は誰か一人によって決定されるわけではない。われわれは法律を順守し、国際社会への責任を果たさなければならない。政治は関係ない」とした。
▽伝家の宝刀が裏目に?
「判官びいき」の傾向が強いとされるフィリピン。「ドゥテルテ家つぶしの伝家の宝刀」を抜いたはずの大統領が、「やむを得なかった」と弁解色の強い説明に追われる一方で、ドゥテルテ氏の「側近中の側近」ボン・ゴー上院議員や末娘のベロニカさんらは、ドゥテルテ氏の高齢や健康状態の悪化など同情を引く主張を拡散、メディアでも大きく取り上げられ続けている。5月の中間選挙を前に、マルコス陣営にとってかえって逆風が吹く可能性も出てきた。
退任前に空前の8割の満足率を記録して任期を全うしたドゥテルテ前大統領は、人権問題で批判を展開してきた主流メディアや市民社会グループとは対照的に、大衆層(フィリピン語で「マサ」)の支持が根強い。
マカティ市ペンボの低所得地区に住む自営業のアニー・ブカランさん(30代)は「悲しい。麻薬戦争で現実の治安は改善していた。フィリピンには人権に関する国内法があるのに、なぜ海外で裁かれなければいけないのか」と不満を漏らした。さらに、「バランガイ(最小行政区)やSNSでは、マルコス夫妻は違法薬物を使用し続けており、ドゥテルテ氏の存在は都合が悪かったとのうわさでもちきりだ」と語った。
▽議会はICC協力も
ドゥテルテ氏の長女のサラ副大統領は12日朝、父を追ってオランダに出発。ドゥテルテ氏はドバイでの中継を経て、13日朝にオランダに到着する予定だ。大統領府のカストロ報道官は12日、「逮捕手続きの適正さの判断のため、前大統領はまずオランダの地裁に送られる」とした上で、「ICC次第だが、人道に対する犯罪で有罪判決を受けた場合、元大統領は拘禁30年か終身刑が科される可能性がある」とした。
下院合同委員会でドゥテルテ政権下の麻薬戦争問題の調査を行ってきたボンガロン下院与党院内総務は12日、「ICCから要請があった場合、下院は文書や証拠を提供する可能性がある」との見通しを示した。
一方、比国軍のパディリャ報道官は同日、国軍内の親ドゥテルテ派がクーデターを起こすのではとの憶測について、「国軍に党派性はなく、民主制度と指揮系統に従う。こうした憶測は事実無根だ」と否定した。首都圏警察は、ケソン市のエドサ聖堂や米国大使館周辺に職員を派遣し警備を強化していると発表した。(竹下友章)