国際交流基金はこのほど、ジャーナリストの育成に取り組む比NGO「プローブメディア財団」と共同で東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と日本の若手ジャーナリストを招き、「ポスト真実」や「偽情報」の時代におけるジャーナリズムの役目を議論するワークショップを首都圏で開催した。国際交流基金がASEAN若手ジャーナリスト育成目的のワークショップを海外で開催したのはこれが初めて。初開催地がフィリピンとなった。日本も含め8カ国のジャーナリストが参加したが、軍政下の国々も含む参加者の安全確保のため、個人や所属は非公開とする「チャタムハウスルール」の下で実施された。参加者は自国政府への批判や他国の脅威を含め、タブーなしの活発な議論を交わした。
▽情報戦の手口
南シナ海やウクライナなどでの緊張・紛争の高まりを受け、偽情報に関する議論の導入として、基調講演に呼ばれた日本の専門家が現在進行中のロシアと中国による情報戦の現状を解説。情報戦の手段には①偽情報の拡散②事実に偽情報を混入するハイブリット戦術③完全な事実で構成された宣伝――の三つがあるとし、①では、無関係の抗議活動を「独立を求める沖縄人の抗議活動」として拡散する例、②については台湾の反社勢力の増進を、一義的には関係ない「台湾行政の腐敗」とニュースのコメント部分で結びつける例、③にいては、ロシアがウクライナ兵に向け作成した「どのようにして命を守るか」というマニュアルが具体例として挙げられた。
その上で、①と②については事実に基づいた報道でまだ対抗できるが、③の「事実だけで構成された政治宣伝」については「対抗することが難しい」と指摘された。会場からは、南シナ海問題の最前線を取材する比人記者から「比メディアも南シナ海問題を日々報じる中で、部分的に望まず中国政府の宣伝の『運び屋』になっている現実がある」とし、問題意識を共有した。
一方で、1930年代の日本のメディアが「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」の世論を作り上げ、日本を戦争に突入させたことも紹介され、外国に敵愾(てきがい)心を持つ形でナショナリズムに傾倒したメディアが国家に危険を及ぼす場合についても意見が交わされ、メディアが平和に対して持つ責任についても議論された。
▽軍政下でもSNS
ミャンマーやカンボジアなど、軍政が敷かれている国の情報を報じているジャーナリストは、そうした国々が政府から独立した国内の報道機関を次々取りつぶしている現状を報告。報道の独立を主唱するメディアが弾圧や殺害のリスクにさらされていることを訴えた。さらに、そうした国々でもティックトックなどの新しいメディアが急速に普及しており、その中では親軍政の情報が溢れているとの現状を共有した。
また、SNSとの関係では、インフルエンサーと従来メディアとの連携が模索されているタイの事例も共有された。
▽技術の脅威に対抗できるか
比でファクトチェックを行っているジャーナリストは、AIで作られたディープフェイク動画や音声が2024年に急激に増加していることを報告。主に昨年のマルコス大統領とドゥテルテ家の政治闘争に端を発しており、親ドゥテルテの偽情報が多いとした。
それに関連して会場からは、米国テック企業の一部がMAGA(米国第一主義)と接近する中、トランプ新政権もSNS規制緩和政策を取っていることが紹介され、「巨大テック企業が技術で世論を動かせる条件が整いつつあり、本格的に始まったら既存メディアではとても対抗することができないのではないか」と危惧する声も上がった。(竹下友章)