昨年9月の最高裁判所によるスルー州の除外決定以降、来月13日の自治政府発足選挙を前にますます不透明さを深めるバンサモロイスラム自治地域(BARMM)情勢。ミンダナオ国際監視団(IMT)シニア・アドバイザーや国際協力機構(JICA)のバンサモロ包括的能力向上プロジェクト総括などを歴任し、現在、バンサモロ暫定統治機構(BTA)の首相アドバイザーを務める落合直之氏はこのほど、メディア向けのブリーフィングを行い、BTAの中心を占めるモロイスラム解放戦線(MILF)に対しささやかれる「内部分裂説」に関して、MILF指導部から直接「分裂の心配はない」との説明を受けたことを報告し、選挙こそが50年あまりの闘争を通じてバンサモロの人々が求めた「民族自治」の実現にとって重要であるとの考えを示した。
▽MILFは分裂しているのか
3月にマルコス政権は、2019年のBTA発足以来首相を務めてきたMILFのムラド議長を交代。過半数がMILFから任命されることが決まっているBTA議員も、MILFの推薦リストの候補者を政府が前例を破るかたちで一部拒否した。後任はMILFの軍事部門・バンサモロ軍の参謀総長を務めるマカクア氏。新設された北マギンダナオ州の知事に23年に任命されるなど、マルコス大統領に近いとされる人物だ。こうした人事を公然と批判したのがMILF副議長でBTA基礎・高等・技術教育大臣を務めるイクバル氏だったが、そのイクバル氏に対して政府の会計検査院は8月11日付で監査を通告。9月には国軍・警察を引き連れて査察に入り緊張が高まった。これにイクバル氏は「裏にいる人物が仕掛けた破壊工作」と地元メディアに語った。
こうした中、ムラド氏は8月に政府による「一方的な」武装解除に一切応じないことを全司令官に命令。それに対し、政府和平・和解・統合担当大統領顧問のガルベス氏は声明で「MILF内部の問題とみている」と内部対立を示唆し突き放した。政府が少しずつMILFをムラド派とマカクア派に分裂させ、ムラド派を冷遇することで「分割統治」を仕掛けているようにも見える状況だ。
この状況に対し、落合氏は「いずれマカクア氏がMILFから離脱するという地元メディアの憶測があったから、ムラド議長、マカクア首相、イクバル大臣に直接聞いた」と報告。「それぞれから『そんなに心配するな』ということを言われた。青年時代から何十年にわたって解放運動を共に戦ってきた3人だから、ちょっとやそっとのことで関係は崩れないと言っていた」とした。「ある種の組織内権力闘争は古今東西どこにもある現象。また、目的は共通していても、そこに至るプロセスには意見の違いもある。それが外部からみたら内部分裂しているかのようにみえるということではないか」との見方を示し、「私としては3人の言葉を信じたい」とした。
▽選挙が新たな戦いの場
不透明な状況にさらに追い打ちをかけたのは、最高裁が今月15日に出した、自治政府発足選挙のための選挙区割再編法の執行に対する一時差止命令だ。申し立ては、BTA議員らから出されており、そもそも、こうした錯綜(さくそう)した状況で早期選挙実施を目指すことは望ましいのか。
この件について「政府和平・和解・統合担当大統領顧問事務所(OPAPRU)のプリシマ次官ともこの前話したが、最高裁の一時差止命令には率直な驚きを語っていた」と報告した落合氏は、「MILF指導部は選挙はとにかくやるものだという考えだ」と説明。「50年にわたるバンサモロの戦いで、最初は独立、次に高度な自治を目指した。だからこそ何百万人もの住民がついてきてくれた。いつまでも中央政府から任命されて様々な関与を受けるという暫定統治機構の形は『正常』ではない。かれらは民族自決を求め戦ってきた。それを果たすためには民意で選ばれた議員に基づく自治政府が必要だというのが指導部の考えだ」と解説した。
MILFは、政府との間の和平合意に基づき暫定議会の多数派を占めている。選挙をすれば伝統的政治家(トラポ)より選挙経験が少ないMILF政党(統一バンサモロ正義党)が敗北する可能性は排除できない。その際にMILFが武力闘争に回帰するといった恐れはないのか。
それについて落合氏は、「司令官の中には冗談まじりに『負けたらまた山にこもるか』と言っている人もいたが、正常化後は3年ごとに選挙がある。一度負けようとも力を蓄え次に勝てるようにすると指導部は言っている」と報告。MILF指導部は既に戦いの場を戦場から選挙に移していることを説明した。
その一方で、選挙の延期を望んでいる勢力として、スルー州除外により選挙で不利となった同州地盤のバンサモロ民族民主戦線(MNLF)系の議員や、現在の地位の延長を望む非MNLF・非MILF系の政府任命議員の存在を指摘した。
ミンダナオ和平を巡っては、日本は20年以上にわたり一貫して支援を継続している。2006年には、国際協力機構(JICA)の故・緒方貞子元理事長がコタバトのMILF本部に乗り込み、ムラド議長と会談。2008年の「先祖伝来の土地問題の覚書」が破綻し内戦が勃発した際も、撤退する各国をよそに日本は支援を増やした。そうした姿勢で信頼を得、2011年には史上初のMILF議長と現役大統領(故アキノ元大統領)との会談が成田で実現。それが2014年の包括和平合意につながった。(竹下友章)