国際交流基金と比外交コンサル企業ADRストラトベースは7日、比日米3カ国の安保協力専門家を招へいし、3カ国安保協力に関するフォーラムを開催した。比日米の安保専門家は、トランプ新政権の「予想不可能性」への対応方法や、台湾・南シナ海有事リスクへの対応など踏み込んだ論点も交え議論を交わした。
▽取引主義でなく「捕食主義」
先月ワシントンDCを訪問し要人との会談を重ねた日経新聞コメンテーターの秋田浩之氏は、トランプ氏の外交政策について「取引主義者だと信じていたが、そうではないと思うようになった」との考えを披歴。「トランプ氏が取引を持ちかけるのは中国やロシアなどの大国だけで、グリーランド自治政府やカナダ、パナマなど非大国に対しては、対価の支払い無しに『取る』ことだけ宣言しており、取引主義ではなく、『捕食主義』だ」とした。また、トランプ政権の権力構造について、「バンス副大統領派に率いられるMAGA(米国第一主義)派、ルビオ国務長官ら対中タカ派、コルビー次期国防次官らアジア重視派、そしてイーロン・マスク氏らの4派閥間の競争により、政策が決定すると思っていたが、これも違うと思うようになった」と説明。「実際は太陽(トランプ氏)の周りに惑星(閣僚ら)がいる構造で、閣僚の対外的メッセージはトランプ氏に気に入られようとするものになっている」と指摘。そんなトランプ氏を説得する方法は、「『台湾や南シナ海で有事が発生したとき何もできなかったら米国は偉大ではなくなる』と強調するなど、いかにMAGAに役立つかという点で説得することが鍵になる」とした。
また対中抑止について「中国を打ち負かす武力を持つ必要はない」と分析。「台湾有事でも南シナ海有事でも中国は目的を達成できなければ、共産党体制存続の危機となる。中国は120%以上の成功の確信がないと行動に移さないと考えられるため、その確信を99%に押し下げることができれば中国を恐らく止められる」と分析。また対トランプ政権への対応としては「リスクを最小化するだけの受身の姿勢だと損する方が多くなる」と強調。「スタンドオフ兵器の高価格での購入や、拡大核抑止の議論などリベラル政権では進まなかった交渉を進めるのもひとつだ」とした。
▽80年の規範破る可能性
オンラインで参加した戦略国際問題研究所(CSIS)のグレゴリー・ポーリング上級研究員は、「トランプ政権がASEAN外交戦略を持っていないと考えられる」と分析しながら、第二次トランプ政権発足後に比がASEANで最初の外相・国防相間の電話会談をしていることを挙げ、「比米2カ国関係はASEANの中で際立っている」と指摘。トランプ政権でも、南シナ海における比軍、沿岸警備隊を含む公船、航空機への攻撃に比米相互防衛条約が適用されることが明言されたことを挙げ、「対欧州政策とは異なり、対アジア政策は継続されるだろう」との見通しを示した。
一方で、トランプ政権には「米国が80年守ってきたルールに基づく秩序に対するコミットメントを破る可能性は第一次政権より高い」と分析。米国のアジア地域に対する関心が薄れる可能性はあるとし、「それを防ぐためにも米国の同盟国は外交関係を多様化させる必要がある」とした。
近い将来にある3カ国協力としては「比日部隊間協力円滑化協定(RAA)の締結後に可能となる3カ国、および豪州を入れた4カ国の本格的な合同軍事演習の実施」のほか、昨年4月の比日米首脳会談で打ち出されたルソン経済回廊構想の中でも、スービック湾の再開発を「最も価値のある要素」として挙げた。
▽自衛隊の比展開も
慶応大の神保謙教授は岸田前首相の「きょうのウクライナは明日のアジア」という言葉を引用し、このフレーズが第二次トランプ政権誕生後に「ナイーブ(素朴)な考え方になりつつある」と指摘。「取引主義的なトランプ政権が、例えば、中国や北朝鮮との取引を追求する中で、台湾や朝鮮半島への関与を縮小するのと引き換えに、比日韓に地域の安全保障について責任を持つようシグナルを送った場合はどうなるか」と問題を提起した。その一方で、「現時点では米国のアジア太平洋政策は継続すると思われる」とし、ポーリング氏の見方に賛同した。
また個人的見解とした上で、政府安全保障能力強化協定(OSA)を装備品だけでなく、比米防衛協力強化協定(EDCA)施設など安保関連施設のインフラ整備や船舶の整備施設などに拡大すべきとの考えを提示。「これが最終的には集団的な抑止構造につながる」とした。
さらにディスカッションでは、個人的見解と断りながら、「日本の情報収集・警戒監視・偵察(ISR)部隊がパラワン島のEDCA施設などに展開し、南シナ海の安全保障にしっかり参加するというような議論も復活するだろう」と述べた。
▽独自の安保協力の道
神戸市外国語大の木場紗綾准教授は、2年前に始まったOSAの最初の対象国に比が選ばれたことなどを挙げ、「これまでもフィリピンは常に安全保障関係の日本の支援を真っ先に受け取ってきた」と説明。日本の対外防衛協力の漸進的変化のパートナーとして果たしてきた比の役割を強調した。一方で、日本の安全保障協力が漸進的に進む一方で、日本政府の行政的・法的な体制は「まだ十分とはいえない」との見解を提示。また、安全保障に関する対外協力について具体的な行動計画が欠如している点を指摘した。RAAについてもノイノイ政権時代に基本方針に合意していたことを説明し、「多くの人が中国の海洋進出への対抗という文脈に位置づけているが、基本的な考えは、訪問部隊をどのように(法的に)保護するかだった」と解説した。
その上で、今後の日本ができる独自の安全保障協力分野として、これまでの協力を踏まえ、①外交的協力②ミンダナオ和平のように文民による協力③人道支援・災害対策能力構築のような公共財に関する協力④安全保障部門職員の福祉に関する協力――を挙げた。
▽最悪のシナリオ
アテネオ大のロメル・ジュードオン教授(退役海軍少将)は「南シナ海も問題は戦力の不均衡だ」と強調。「トランプ氏は海軍に造船を重視するよう指示を出したことは、このことを裏付けている」とした。その上で、最悪のシナリオとして「米中大国の共存のために、比が犠牲となる可能性を検討しなくてはいけない」とし、「プランBが必要だ」と指摘。その一例として現在米軍が比に持ち込み、比軍が購入を検討している中距離ミサイルシステム「タイフォン」を挙げ、「これは単なる兵器ではなく、比に対する中国の優位性をかきみだす戦略的意味がある」とした。また、日本や韓国の造船企業を誘致して造船業を育成することの安全保障上の重要性を強調した。フォーラムに参加したレスティトゥト・パディリャ退役准将は賛同した上で、「フィリピンは世界4位の造船国だが、上位3国(中国、韓国、日本)に遠く及ばない。こうした議論はもっと昔に始まっていなければならなかった」と述べた。
遠藤和也駐比日本国大使は基調講演で、バイデン政権だけでなく、トランプ政権まで継続している3カ国間・多国間協力の発展を説明。トランプ政権発足後の日米首脳会談・外相会談では3カ国協力を含む同志国間協力を進めることで一致したことを挙げ、「これらは日本の決意の象徴。われわれは、この地域における米国の建設的な関与は米国自身の重大な利益であるという観点から、米国の新政権と意思疎通を図っている」と説明。「日比米のパートナーシップを取り巻くこのような状況を認識した上で、将来に向けて先見性と協力を持って取り組むことが極めて重要だ」と強調した。(竹下友章)