去る3月15日に「マンガ感想文コンクール2024」の特別イベントとして「サンデー×ジャンプ×チャンピオン×マガジン4大少年マンガ誌編集長トークセッション」が開催された。

イベントには週刊少年サンデー(小学館)編集長の大嶋一範氏、週刊少年ジャンプ(集英社)編集長の齊藤優氏、週刊少年チャンピオン(秋田書店)編集長の松山英生氏、週刊少年マガジン(講談社)編集長の川窪慎太郎氏が登壇。進行を務めたちゃお(小学館)編集長の萩原綾乃氏も少年誌の4大編集長が一堂に会するという企画に「今回だけしか見れないようなスーパーレアなイベントです」と貴重な機会であることを声を大にしてアピールした。
ジャンプ編集長は「ジョジョ」で人生動かされる
トークセッションの前には「マンガを読んで、あふれる感動を伝えてほしい。『好き』を表現することで、豊かな感性を育んでもらいたい」という趣旨のもと、小中高生を対象に開催されている「マンガ感想文コンクール」の授賞式を実施。トークセッションの前半では、受賞作について話題がおよんだ。最終審査も担当したという萩原氏は「ハイクオリティな作品が集まっていた」と応募作品へ賞賛の言葉を贈りつつ、中でも北海道の小学生が書いたという「正しい普通」という感想文を一番心に残った作品として挙げる。「文章がとてもキレイ」「小学生とは思えない早熟な感想文」「読者への問いかけ、問題提起もうまくて、グイグイと引き込まれた」と賛辞を並べた。

同じく最終審査を担当した川窪氏は前日に受賞者をマガジン編集部へと招待したことを明かす。感想文については「エンターテインメントとして面白かった」と感想の内容もさることながら読者を楽しませようという気持ちが垣間見えたと講評する。その中で1作挙げたのは、滋賀県の小学6年生が武田一義「ペリリュー 楽園のゲルニカ」について書いた「生きるとは」。川窪は感想文の中から「人間が人間の心を持って生きていけるのは、『衣食住』が整っている時だ」という一節を紹介し、「大人の僕でもハッとさせられるような感想で素晴らしいなと思いました」と伝えた。
大嶋氏は自身も大好きな作品だという、さくらももこ「COJI-COJI」について東京都の小学3年生が書いた「わたしはわたし」という作品を挙げる。3巻までしかないのが悲しくて、自身で4巻を描いたという愛らしいエピソードに「昔の名作なんですが時代を超えて本当に楽しんでもらえるんだなと感動した」と話した。
続く齊藤氏はジャンプの連載作である荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズで、東京都の高校2年生が感想文を書いた「覚悟とは」をチョイス。イタリアを舞台に主人公ジョルノ・ジョバァーナがギャングスターを目指していくという第5部「黄金の風」から「ジョジョ」に触れたという筆者が、小学生で「ジョジョ」に出会っていたら危うく将来の夢がギャングになっていたという書き出しから始まる文章に、齊藤氏は自身を重ねる。「僕も中学校のときに『ジョジョ』の第5部を読んで、将来こんなに面白いものを作る仕事に関わりたいなと思った」と、感想文の筆者と同じく「ジョジョ」との出会いで人生を動かされるほどの衝撃を受けたことを明かした。
秋田書店の作品での受賞作がなかったことを少し残念がった松山氏が挙げたのは、荒川弘「銀の匙 Silver Spoon」について山口県の小学生が書いた「ぶたどんとブー太」。松山氏は豚に名前を付けて育て、殺して食べるという作中のシーンについて感想が書かれていることを紹介し、「筆者はマンガを読んで生産者が豚を殺すときに泣いていると思うと書いているんです。少年が1冊のマンガに出会って、知らなかったことを知り、想像の羽を伸ばして、感じて、それを文章として素直に落とし込んで書かれているところに感激しました」と、素敵な文章を書いた筆者に感謝の言葉を贈った。なお受賞作品は追ってマンガ感想文コンクールの公式サイトでも公開予定。編集長たちが賛辞を贈った作品をチェックしてみては。
感想文についてのトークが終わると、事前に集められた質問に編集長たちが答えていく。自身の周りにいる「マンガの主人公」のような人物の話題では、川窪がかつて別冊少年マガジン(講談社)で「どうぶつの国」を連載していた雷句誠の名前を挙げる。講談社の一室で大事なシーンのネームを描きながらストーリーに入り込み大号泣していたというエピソードを明かし、「マンガの主人公のような情熱の持ち主」だと印象を伝えた。
一方で編集者を挙げたのは松山氏。「グラップラー刃牙」などを立ち上げた元週刊少年チャンピオン編集長・沢考史氏について「マンガを愛しすぎた人」と紹介し、「マンガが好きすぎるせいで、マンガ家と喧嘩して帰ってきたり、仲直りするために人混みの中で土下座したり、それでもまた仲良くなっちゃう不思議な能力のある人」と豪快なエピソードを次々披露し、観客を驚かせた。
4大少年マンガ誌編集長が紹介する注目のマンガ
読者の質問に答える形で各編集長が「注目の作家、今読むべきマンガ」を答える場面も。川窪氏は1作を選ぶのは忍びないと言いながらも、連載がスタートしたばかりの丹下茂樹「生きたがりの人狼」を紹介。続く大嶋氏は川窪氏とは対照的に2020年から連載が続く柳本光晴「龍と苺」を挙げる。200話を超える同作だが、「今、週刊連載の中で一番毎週追うのが楽しみになる、そのぐらい今一番面白くて先が読めないマンガになってます」と力強くアピールした。齊藤氏は「カグラバチ」について1話目から世界中で話題になる異例の作品だと紹介。「これから確実に大きくなるなと思っています」と自信を覗かせた。
松山氏は競輪マンガ「MOGAKU」をイチオシ作品としてアピール。作者のグミマルについて、群馬の片田舎で育った小学校からの仲良し2人組であることを明かしつつ、原作担当の父が実際に競輪選手をしていたことから「MOGAKU」が生まれたことを説明する。またマンガに集中し連載を取るために、女性と遊ぶ暇をなくすという理由から眉毛を全剃りしてきたという泥臭さ溢れるエピソードも伝えられた。そんな作者の姿が反映されているのか、松山氏は「情熱、泥臭さ」を伝えることのうまさがあると作品を評し、「根性、気合い、泥臭い、全力」といったチャンピオンのメッセージが詰まった作品だと呼びかけた。
編集長たちが携わった「最も面白いマンガ」
イベント後半では自身が携わった作品から「最も面白い」と思う作品を編集長たちが挙げることに。川窪氏は自身が初めて立ち上げた、たかちひろなり「課長令嬢」と悩みながらも、観客の反応を見て「進撃の巨人」の名前を出す。作者の諫山創が19歳の頃に出会ったと振り返り、「諫山さんが誰かを怒ったこととか、誰かに文句を言ったりとか、映像化や商品化に『やりたくない』と言ったことが一回もない」と印象を語る。そのうえで「あんなに面白いマンガを描けてこんなに素晴らしい人間性を持っているという意味で、諫山さんがマンガ界でもトップクラスに“コストパフォーマンスが高い作家”」だと編集者目線の表現で称賛した。
大嶋氏は「名探偵コナン」から「サクラ組の思い出」という新一と蘭の出会いを描いたエピソードを挙げる。青山剛昌が「人が死なない話を描こうと思う」ということで生まれたエピソードであることを明かし、「『コナン』の始まりの話に携わるのがうれしかったですし、今でも先生が印象深いエピソードだと言ってくれる」と観客へ勧めた。
齊藤氏は一番印象深い作品として、乙一原作によるミヨカワ将「山羊座の友人」をチョイス。齊藤氏は乙一による短編小説を読んで感動し、なんとかコミカライズできないかと考えたそう。齊藤氏が“天才”だと評するミヨカワに「あなたがこの小説を世界で一番面白くマンガ化できる」と頼み込み実現した作品について「ミヨカワ先生の力で、あの小説のマンガ化としては世界で一番上手くいったと思っている」と自身の思いが結実した作品を紹介した。
松山氏は「若いながらネームに文句のつけようがないくらい毎回面白かった」と「BEASTARS」での板垣巴留の天才ぶりに感嘆したことを話す。「編集者になる前に憧れていた、天才と付き合って素晴らしいネームを世界で1番最初に見せていただけるということ、マンガがヒットしてここまでの波が来るのかということを体験させてもらった」と感謝とともに「BEASTARS」を選んだ理由を伝えていた。
イベントも終盤に入り、編集長個人についてのトークも繰り広げられる。にわかには信じがたい収入の話から、誰か酒豪かなどここでしか聞けないような話題でも盛り上がる。編集長の仕事の話題では大嶋氏が「続きが毎回気になって、キャラクターがいっぱい出てきて、既存のものを新しく捉え直した作品が売れる」と自身の考えるヒット作の理論を伝える。そんな条件に当てはまるのがマガジンで連載中の「ブルーロック」だと名前を出し、手放しに賞賛した。
マガジンは二人三脚、サンデーは雑談力、各編集部のマンガの作り方
各編集部の作品作り方の話題では川窪氏が「マガジンでは設定、ストーリーを編集者と二人三脚でやっていくものが多い」と編集者がプロットめいたものまで書いて提案することもあると明かす。長いときでは10時間も作家と一緒に打ち合わせすることがあると、作品への関わり方を伝えた。一方でサンデーでは「雑談力」を大切にしていることが大嶋氏から話される。「作家との打ち合わせを盛り上げて、作家さんが反応したこと、思わぬ気づきを拾い上げてマンガにしてもらうのが大事だと教えられている」とマガジンとはまた違った作家との付き合い方があることがわかった。
マンガ界の未来に求めるもの
イベントの最後には各編集長が「マンガ界の未来に求めるもの」を語る。川窪氏は昔に比べマンガが広く受け入れられる時代になったとしつつも「マンガの地位が高くなりすぎていないか」と危惧していることを明かす。その理由として「娯楽から必要以上に難しいものにならないか心配しています。どこまでいってもエンターテインメントなんだということをキープしていけるとマンガ界が長く発展していけるのでは」と提言した。
大嶋氏はサンデーの発展を願いつつ「マンガが好きな人が業界に入ってきて、自分がおじいちゃんになったときに面白いマンガが世の中に溢れていたらいいなと思います」と期待を寄せる。齊藤氏はマンガ界の大きな問題の1つであり、世界規模で甚大な被害が出ている海賊版に触れ、「苦労して描いた作家さんに還元される収益がなくなってしまう。努力した人に正当な対価が戻らないとその業界は衰退していってしまう」と、マンガ界の発展のためにも海賊版の撲滅を願った。
松山氏は「週刊少年誌は日本でしかもう作れないと思います」と話し始め、その真意を「なぜ日本でやれているかといえば、偉大なる週刊作家の先人たちが築き上げてくれたものを読んで、マンガ家になりたいという人が現れて、週刊少年誌で描くという舞台を選べるこの環境がないと、油断したら週刊少年誌はすぐに無理になってしまう媒体だと思っています」と説明。「これを続けるためにも若い人がマンガが面白い、週刊連載をやりたいと思って、マンガ家と編集者がこの業界に入ってくれたら」と思いを述べ「こっちにきてください」と客席へ語りかけた。
トークセッションで名前の挙がった作品一覧
丹下茂樹「生きたがりの人狼」
柳本光晴「龍と苺」
外薗健「カグラバチ」
グミマル「MOGAKU」
たかちひろなり「課長令嬢」
諫山創「進撃の巨人」
青山剛昌「名探偵コナン」
乙一、ミヨカワ将「山羊座の友人」
板垣巴留「BEASTARS」
提供元:コミックナタリー