新年連載「コネクタード:日比を繋ぐ人」④ 東海地方で活躍する在日比人と彼らを支援する日本人を紹介。岐阜県美濃加茂市で多文化共生事業を行う特定非営利活動法人アイキャン
人口6万人ほどの岐阜県美濃加茂市は住民に占める外国人の割合が10%に達し、特にフィリピン人が2600人以上と全住民の約4・5%を占め、外国人として最多となっている。隣の岐阜県可児市にはさらに多い4000人近いフィリピン人が住んでいるが、人口も多いため、美濃加茂市の方が比人住民の割合が国内でもトップ級。この美濃加茂市で昨年から外国人向けの生活相談など多文化共生事業を市と協働して実施しているのが特定非営利活動法人アイキャン(ICAN)だ。
もともとはフィリピンで路上生活者ら貧困層への奨学金制度や生計向上プロジェクトなどを過去30年にわたり行ってきたが、現在は美濃加茂市にも拠点を構えて、比日両国で様々な支援事業を展開している。
▽「グッバイ、フレンド」が起点
アイキャンの創設者で副代表理事を務める龍田成人さん(61)によると、アイキャンを立ち上げたきっかけは龍田さんがピナツボ火山の噴火(1991年6月)で住む場所を追われたアエタ族の人たちの再定住地を訪問した1993年にさかのぼる。どんな支援が出来るのか見当もつかないまま現地を訪問し、子どもたちと一緒に遊ぶことしか出来なかったが、帰り際にジプニーに乗る自分を追いかけながら子どもたちが「グッドバイ、フレンド」といつまでも叫んでくれたことに感動し、フィリピンへの支援活動を決意。翌年にアイキャンを創設した。
「最初の事業はクバオに近いケソン市アラネタ通りに住むストリートチルドレンを対象とした奨学金プログラムとミンダナオのジェネラルサントス周辺での就学支援でした。その後、ケソン市にある巨大なごみ集積場があったパヤタスでも事業を開始。1999年から日本とフィリピンに専属スタッフを置いて生計向上や医療など地域コミュニティーへの働きかけを本格化させました」と龍田さん。
その後、現在までに、リサール州サンマテオ町に児童養護施設「子どもの家」を設立したほか、路上生活をしていた青少年向けの職業訓練プログラムや彼ら青少年が路上で暮らす子供たちを対象に行う路上教育プログラム、また母子らを対象にした栄養改善プログラムを立ち上げるなど重層的な支援体制を構築している。
▽若者たちの「居場所作り」も
一方、美濃加茂市の拠点で外国人向けの生活相談や社会資源マップ作成事業を担っているのがアイキャンの事務局長で社会福祉士の福田浩之さん(36)だ。福田さんはもともとフィリピン大地域開発学部の修士課程で学んでいたが、2013年からアイキャンに入職。その後、約10年間にわたりフィリピン・ミンダナオ地方の紛争地やヨランダ台風の被災を受けたばかりのレイテ島などで現地の人々と共に活動し、23年から事務局長に就任、同年から美濃加茂市で働いている。
福田さんに美濃加茂市に住む外国人から寄せられる相談内容について尋ねると、「フィリピン人同士のお金の貸し借りや病院への同行依頼、子どものひきこもりや不登校の問題、家探しなどに関する相談などいろいろあるが、一番多いのは生活困窮や仕事に関する相談」と教えてくれた。彼らの相談事に耳を傾け、市や関係機関の窓口につなぐことで解決を目指す。
そんな福田さんが最近力を入れているのが隣の市にある可児駅に集まる若者たちを対象とした「居場所作り」だ。可児駅の駅前には飲酒や喫煙、バイクを乗り回す中学生や高校生が夕方から集まっており、在日フィリピン人の少年少女らも多いという。福田さんは24年4月ごろから定期的にここに集まる若者たちに声をかけてきたが、11月からは公共施設の机とイスを借り、食料やお菓子、生理用品などを配り始めた。福田さんは「家に帰りたくないという女の子も多い。トランプゲームを僕と一緒にしたり、ずっとおしゃべりしたりする子も増えてきた。フィリピンの若者たちからも学校になじめないという相談を受けたりする」と教えてくれた。
「若者たちの中にはボクシングに興味を持っていたり、ラップミュージックが大好きな子も多い。彼らと一緒に何かプロジェクトをやれるといいなあと思っている」と福田さん。フィリピンでの支援活動を通じて磨いてきた「地域開発の理論や実践」を岐阜県のフィリピン人コミュニティーでも発揮できるか新たな挑戦に乗り出そうとしているようだ。
▽伝統祭りの場にも参加
アイキャンは現在、首都圏で路上生活をしていた若者たちにパン作りなどの職業訓練を行うプロジェクトを実施しており、この訓練を受けた若者たちによって組織された協同組合「カリエ」(フィリピン語で「路上」の意味)を支援している。この組合はパンの生産販売等を行うほか、フィリピン大構内でのカフェ運営の経験を持ち(コロナ禍で現在は閉鎖)、今も路上に暮らす子供たちの模範となり、子供たちが路上生活から抜け出すきっかけづくりを行っているという。路上の子どもたちの現状や自身の経験を記事にして編集した「路上新聞」を発行し、大学生や若者たちに対する啓発活動も行ってきた。
このカリエのメンバーが昨年10月、初来日し、愛知県名古屋市で日本の学生や支援者たちとの交流会に参加した。また、メンバーらはシフォンケーキの製作指導で支援を受けている専門店「Snowcafe」(福井県)を訪問し、美濃加茂市の「太田宿中山道まつり」に参加し、ブースでの物品販売のほかに、まつりの伝統行列にフィリピン人として初めて参加することが出来たという。アイキャンの龍田さんは「伝統的なまつりの場にもフィリピン人が参加できるようになったというのは意義深いこと。日本の社会も少しずつ多文化共生を受け入れつつあるように感じる」と語っている。(澤田公伸、つづく)
◇
アイキャンは、カリエの若者グループによるストリートチルドレンの命と未来を守るための「路上教育プロジェクト」を実施するためクラウドファンディングも実施中。興味のある方は「https://congrant.com/project/ican/14035」まで。