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10月23日のまにら新聞から

残留邦人ドキュメンタリー 「日本人の忘れもの」上映 一般市民向けに初の試み

[ 2317字|2024.10.23|社会 (society) ]

ドキュメンタリー「日本人の忘れもの――フィリピンと中国の残留邦人」の英語字幕版「アバンダンド」上映

(上)会場入口の映画ポスターの前に立ち、子どもに話しかける日系人の母親(右から1人目)=20日、UPビサヤ校の映画館入口で萩原裕之撮影。(下)大野さんが鑑賞者のUPビサヤ校歴史学助教のフランセス・レディソンさんに「フィリピンと中国の日系人に対する日本政府の処遇の違い」などを説明する様子=20日、上映会会場内において萩原裕之撮影

 ビサヤ地方イロイロ市にあるフィリピン大(UP)ビサヤ校内の映画館で20日、比と中国の残留日本人の状況を描いたドキュメンタリー映画「日本人の忘れもの――フィリピンと中国の残留邦人」の英語字幕版「アバンダンド(ABANDONED)」が上映された。同作品がフィリピン国内で一般市民向けに上映されたのは今回が初めて。

 上映会は、日系人組織「パナイ日比会」が主催し、元UPビサヤ校教授のマリア・ルイサ・マブナイさんが国際交流基金マニラ事務所、静岡県立大学グローバル・スタディーズ・センターに働きかけて資金面での支援を受けて開催に至った。上映に際しては会場設定からパナイ日比会の会長マリア・レア・タカラ・デラクルスさんはじめスタッフたちの奮闘が伺えた。

 この作品はもともと、2020年に東京都中野区と横浜市ほか多くの日本の都市で上映された作品で、「第38回日本映画復興賞・奨励賞」や「第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞・奨励賞」を受賞している。さらに映画のワンシーンが22年の国会討論で引用されたことが大きな引き金となり、岸田前首相に残留日本人問題の早期解決を約束させた。

 上映会には、「フィリピン残留日本人・日系人」研究の権威で、元清泉女子大学地球市民学科教授で現在は京都大東南アジア地域研究所連携教授の大野俊さんがゲストコメンテーターとして招かれた。作品中でも解説者として出演している。大野さんは若いころの新聞記者としての報道活動や研究者に転身してからの研究活動において、戦時下の混乱や在留日本人の強制送還によって日本人の父と死別・離別して比に取り残された日系人が抱える問題を幅広く調べて世に訴えるとともに、今春からは特定NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンターの理事として彼らの日本国籍「回復」の支援運動にも関与している。

 上映会に先立ち、パナイ日比会事務所で大野さんは、まだ父親の身元がはっきりしない日系二世の女性と面談を行った。レミデオス・ヘネロソさん(79)で日系人会では未登録の人物という。イロイロ市内でもこのように父親の身元が不明の日系二世がまだ何人か存在している。ヘネロソさんが名乗り出た主な理由は「子供たちを日本で働かせたい」からであった。へネロソさんは地方語のイロンゴで話したが、大野さんはパナイ日比会のスタッフによる通訳を交え、英語とタガログ語で彼女とその家族に語りかけ、家族のプロフィールや家系図の作成などを続けた。大野さんが作成した資料の内容は今後、日系人会やリーガルサポートセンターの協力を得ながら調査が進められていく。

 その後に行われた上映会は、雷雨に見舞われたが、残留日本人である宮里千鶴子(ミヤサト・チズコ)さんはじめ日系2世の人たちとその家族、またUPビサヤ校学長クレメント・カンポサノさんやNPO法人LOOB・JAPANの代表理事小林幸恵さんら約50人が駆けつけた。中には入口の映画ポスターの前に立ち期待と不安の気持ちを表している人たちも多くいた。

 上映会は元UPビサヤ校教授のマブナイさんの司会で始まり、冒頭に両国の国歌が流れた。その後、デラクルス会長が開会の言葉として、自分の父の日系2世としての苦労話を交えながら「比は中国と共通の過去を持つ国として痛ましい歴史を抱えている。日系人の人たちには実りある未来を迎えて欲しい。ここに集まった人たちがこの映画の内容を大切にして後世に伝えてくれることを切望する」と強調した。また大野さんも「この映画は比と中国の残留日本人を対比させながら描いた映画である。まずはどこが異なっているのかを見つけて欲しい」と問いかけた上で、「比の残留日本人と中国の残留日本人への日本政府の対応が大きく異なる。二世は戦中戦後に両親と離別し、さらに戦後の比人の反日感情を懸念して日系人としてのアイデンティティを隠さざるを得なかった。彼らは全般にまともな学校教育も受けられず、貧しさを強いられてきた。皆さんにはこの映画を鑑賞してその状況を理解して欲しい」と訴えた。

 上映時間は98分。上映後、大野さんが演台に立ち鑑賞者らとの質疑応答や討論を行った。鑑賞者らは、中国に比べて比日系人の支援が進んでいないことについて憂いを示す人が多かった一方で、日系2世の苦悩に気づき今後支援活動に加わりたいとの希望を示す者がいた。大野さんは、自らの調査研究や交流の経験を踏まえて映画のポイントを解説しながら鑑賞者を納得させていた。

 上映会を鑑賞した日系3世でフリーターのイサガニ・イトウさん(50)は、「両親は既に他界したが、若い頃に父と母の苦労を断片的に聞いた。今回はこの映画を見たことで両親と同世代の人たちが苦労した状況が理解できた。映画を見て良かった」と述べた。また、若い頃の一時期に日系人の支援活動に関わったことがあるという小林幸恵さんは「映画を見て日系人の悲惨な状況を知ったら自分は何もできないと自信を失うのではないかと不安を抱きながら会場に来た。しかし、映画を鑑賞したことで私が現在取り組んでいる青少年の支援活動を利用して3世や4世を支援していけるのではないかとの希望が湧いた」と目を輝かせながら語った。

 最後に大野さんは、「この映画は日本でも反響があった。今回は比の一日系人会が主催した比国内で初めての公開上映で、まさに画期的な企画であった。この映画鑑賞で比人日系人が歩んだ歴史や現在の問題を多くの人が理解し、後世に繋いでいってくれる若者が増えることを期待したい」と締めくくった。

 映画は近くマニラで上映される予定だという。(萩原裕之)

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