「日刊まにら新聞」ウェブ

1992年にマニラで創刊した「日刊まにら新聞」のウェブサイトです。フィリピン発のニュースを毎日配信しています。

マニラ
32度-25度
両替レート
1万円=P3,750
$100=P5,860

6月26日のまにら新聞から

「密輸、ジャパゆき、活動家」 気鋭の若手が新事実に光

[ 2252字|2024.6.26|社会 (society) ]

第29回フィリピン研究会全国フォーラムでは比社会・コミュニティーの知られざる側面に光を当てた若手研究者の報告が異彩放つ

質疑に応える広島大博士前期課程のアリッサさん(左)ら=22日、都留文科大(山梨県都留市)で竹下友章撮影

 22日~23日にかけ都留文科大(山梨県)で開催されたた第29回フィリピン研究会全国フォーラムは、2日で延べ参加者約150人が参加する異例の盛り上がりをみせた。中でも異彩を放っていたのは、戦後に「密輸」を通じて地域経済を潤していた人々の存在や、80年代から「ジャパゆき」として訪日し定住した女性たちのその後など、フィリピン社会・日本フィリピンコミュニティーの知られざる側面に、自分の足で集めた情報で光を当てた若手研究者による報告だった。

 ▽ヒーローだった密輸人

 京都大学の土屋喜生助教は、1940年代から90年代にかけ女性たちが中心となって「密輸」を行い、地域を潤してきたというカガヤン・デ・オロ市プエルトの事例を紹介した。

20世紀に入り米デルモンテの大規模投資により海上物流の拠点と化した同市へは、第二次大戦後の困窮から逃れるため、または孤児として人々が移住。その中でもフォーマル部門で就業することができなかった女性らは、以前から存在するバンカ(比の伝統的ボート)使用した水上交易「パマンカ」の一形態として、貨物船乗組員を相手に米国産たばこや日本の家電製品などを購入する取引きを約半世紀にわたって行っていた。このような文献資料に残っていない人々の経験を、現地で収集した「元密輸人」や近隣住民の証言によって明らかにした。

 土屋助教は、「パマンカ」に従事した人々が時に当局からの取り締まりをくぐり抜け、時に黙認されつつ、この地域では手に入り難い先進国の商品を低価格で提供したことで「住民から尊敬される存在となった」と説明。さらに、そうした非正規貿易が国際的な人的ネットワークを形成し、はては国際結婚にも結びついたことで、同地区が現在、海外比人就労者(OFW)の送り出し地として発展した下地を作っていたことを解説した。

 その上で、マフィアに属していたわけでも、麻薬や銃器を扱っていたわけでもないこの経済行為を一方的に「犯罪」とする見方の中に、国家中心主義がひそんでいることを指摘。文字に残りにくい庶民の生活の営みの記憶を人々の語りから掘り起こし、それによって歴史を捉え直すことの重要性を論じた。

 ▽リーダーになったジャパゆき

 広島大博士前期課程のアリッサ・マナロさんはかつて「ジャパゆき」と呼ばれた、元エンターテイナーの女性たちに着目。広島市・呉市のカトリック教会を中心とする比人コミュニティーをけん引しているのは、元エンターテイナーの女性たちであることを明らかにし、その女性たちが新しい比人就労者やベトナム人など外国人就労者の支援を行っていることを紹介した。

 50~60代になり外国人コミュニティーのリーダーとなった女性たちは、比の独立記念日行事に駐大阪比総領事から招待を受けるほど地位を高めている一方で、比の家族への送金の役割は終えており、現在は年齢の離れた日本人夫の世話や老後の蓄え、地域貢献に情熱を燃やしていると報告した。

 広島大博士後期課程のロメオ・トリングさんは、コロナ禍における永住比人による比人技能実習生や特定技能就労者への支援について報告。計90人以上の技能実習生、特定技能就労者、永住比人へのインタビューに基づき、危機的状況にあって、定住比人女性らが実習生らを「私たちの子ども」として扱い、家に招き、食料を届け、給付金の申請方法を教え、さらにはスポーツ大会を主催するなど、草の根で活発な支援を行っていた事例を紹介した。

 その上で、「先輩」移住者が強固な比人コミュニティーを形成し、新たな就労者へ支援を提供していることが、新規就労者の生活を向上させ、より長期の就労を可能にしている要因だと考察した。

 ▽新たな環境運動の鼓動

 東京大学博士後期課程の芝宮尚樹さんは、首都圏の若者気候活動家について報告。農民や地域住民が森林や山川などの自然への権利を主張するという構図のもと理解・議論されてきた従来の比環境運動研究に対し、「都市中間層の若者が中心となって行っている、気候変動という地球スケールの問題を巡る環境運動では、何が争われているのか」という課題に取り組んだ。

 1年半に及ぶ調査で収集した気候運動学生組織に所属する若者の生の語りに基づき、そうした若者は気候だけでなく、自身のキャリア、家族との軋轢(あつれき)、周囲からの奇異の目など、自身の動きが引き起こす様々なレベルでの「環境」と格闘しながらも、その摩擦をエネルギーに変え動き続けているという、等身大の姿を素描した。その上で、長い歴史を持つ比の社会運動が、地球規模の気候危機の時代にどのような変容を遂げているかについて論じた。

 ▽マルクスとサリサリストア

 フィリピン大経営学部講師のレンバート・プラシディオさんは、現在の比の会計学の教育と実践について、欧米の影響の強い「植民地主義的な現状がある」と問題視。それを打破するための手段として、比の伝統的零細小売「サリサリストア」をモデルケースに会計を作成する意義と方法について議論した。

 同時に、プラディシオさんは会計学に対するマルクス経済学からの基礎付けも試みた。プラシディオさんは、サリサリスト アの利益について表面上は売上に由来するものの、その本質は自営業主が投入した自身の労働が生み出す「剰余価値」が表面化したものであると指摘。さらにその剰余価値を会計学の観点から可視化・定量化する方法を論じた。(竹下友章)

社会 (society)