ミニラテラル最盛時代の始まり(下) シンクタンク交流の無限の可能性 神戸市外語大・木場紗綾准教授
ミニラテラル全盛の時代において重要性が増している外交・安全保障分野におけるシンクタンク交流を解説
▽民間対話、シンクタンク交流の重要性
ミニラテラル全盛の時代において、外交・安全保障分野におけるシンクタンク交流の重要性は年々増している。
今年3月にメルボルンで豪ASEAN首脳会議が開催された。その際、同時期に同都市で、豪州のシンクタンクによる民間対話として、海上安全保障に関する有識者会議、豪ASEANをめぐる地政学に関する会議が企画され、ASEAN諸国から著名な研究者が一斉に参加した。参加者の旅費などの予算は、豪州首相府から支出されたという。オーストラリア戦略政策研究所やローウィ研究所といった豪シンクタンクはこの機会を通じ、この会議で豪州は米国に追随するだけではなく、独自にASEANを理解して協力していくのだとのメッセージを発信した。そしてASEANからの参加者らは帰国後、ただちに英語で論説を発表し、豪ASEAN協力の可能性をポジティブに論じた。彼らはSNSでも、「外務省の高官と往復のフライトが一緒だった」、「あの教授も来ていた」などと、メルボルンでの出会いの興奮を書き綴(つづ)った。国家を背負わず自由に言論活動ができる東南アジアのシンクタンク研究者の発信力とそのスピード、そして人脈には、目を見張るものがある。
残念ながら、昨年12月に東京で日ASEAN首脳会議が行われた際は、このような規模のシンクタンク対話は実現しなかった。豪州の取り組みは、首脳会議と並行して政府予算でシンクタンク研究者を招聘(しょうへい)し、民間交流を促すことのコストパフォーマンスの良さと、効果の即効性を示す模範事例となりうる。なお、インド外務省もこの2年ほど、シンクタンクへの予算を漸増し、インド太平洋の研究者らを招いての政策対話を奨励している。
12月の日ASEAN首脳会議で岸田首相は、信頼関係の深化に向けた人的交流事業の立ち上げを打ち出し、今後10年間で1千万人以上が関わるプログラムに約400億円、国際共同研究支援に約150億円を拠出する方針を示した。ぜひともその予算を、シンクタンク交流に配分してほしいと思う。
会合や交流プログラムは、日本人が単独で企画するよりも、日ASEANの有識者らと共に企画するほうがうまくいく。日本人研究者はもっと東南アジアに赴くべきであろうが、それと同時に、日本政府は、東南アジアで育ちつつあるシンクタンクの若手に、日本訪問の機会を提供すべきである。具体的には、ASEAN諸国のシンクタンク研究員らが2週間程度日本に滞在できる旅費を支援し、彼らが自由な日程でシンクタンクや民間企業、大学などとの面会予定を組み、彼らが自己紹介をしながら日本側との共同事業の可能性を検討できるような「シードファンド」があれば、東南アジア諸国からも歓迎されると思われる。シンクタンク研究員らの声は大きく、拡散力も高い。彼らに、一定期間、日本の組織を訪れて自由な意見交換をしてもらうべきである。シンガポールなど、自己資金が豊富な一部のシンクタンクは、独自予算で職員の日本出張を企画することができる。しかし東南アジアには、将来性はあるが旅費を融通できない弱小なシンクタンク、あるいは萌芽期の若手を中心としたシンクタンクが多くある。そうした組織にぜひ、シードファンドを提供すべきである。
シンクタンクに限らず、大学や、あるいは民間企業でも、日本から視察に赴くだけではなく、成長分野でのスタートアップを目指すASEAN諸国の若手に10日間でも2週間でも日本に来てもらい、日本側が日程を組むのではなく、あくまでも彼らの判断で視察や面談を行ってもらい、日本を知って、協働できるニーズを発掘してもらうことも一案であろう。
▽日本からの装備品移転への誤解
筆者は職業柄、東南アジアの若い研究者が日本の政策について書いた論文に助言したり、原稿を査読したりする。ここ数年で、日本の安全保障政策の変化、特に防衛装備移転の推進に言及した研究論文が目立ってきたように感じる。日本の政策に関心を持ってくれる若手研究者が増えることはありがたい。
一方で、全体像を正しく理解してもらうことは難しいとも感じている。日本が政府開発援助(ODA)として実施している比やベトナム、インドネシアの沿岸警備隊への多目的船(巡視船)の供与が、武器輸出(装備品移転)の一環だと誤解したまま論文を書いている研究者は実に多い。また、日本が2014年以降、東南アジア6カ国を含む各国と締結を進めてきた「防衛装備品・技術移転協定」についても、「日本の防衛装備品を買いますという協定」であるとの誤解が広くみられる。同協定の目的は、日本からの防衛装備の海外移転の適正管理を確保することである。日本から移転した装備品を目的外に使用したり、第三国に移転したりすることに規制を設け、相手国側に厳格な管理を約束してもらう内容である。むろん、各国の外交・防衛当局の官僚やいわゆる知日派の研究者は承知しているだろうが、若手研究者らにはまだまだ、この点が理解されていないようである。
日本政府、あるいは大使館の発信方法が悪いためであるとは、筆者は思わない。安全保障協力に関する日本の国内法や規則が、あまりにも外国と異なることが主要因であろう。「なぜ、そのような協定が必要なのか」、「日本では、そんなことすら法で規制されていたのか」と、前提の部分で驚かれることが多い。
知日派と呼ばれるような人々を増やすには何十年もかかるが、少なくとも、せっかく日本の外交・安全保障に興味を持ち、論文を書こうとしている若い研究者たちが増えているのだから、その研究者たちに、英語で、正しい情報を執筆してもらうために、もっとできることを考えたい。
だからこそ、シンクタンク交流である。
日本の政策を裏付けている、日本の官僚組織特有の「考え方」を理解する若手研究者を増やすには、日本に来てもらい、対話してもらうことがもっとも効果的である。彼らは柔軟な思考で日本の特異性を受け止めるとともに、いまの枠組みの中でできることを考え、発信してくれるだろう。むろん、日本人が発信することも大切だが、英語に堪能なASEAN諸国の研究者らの発信力に期待することも、たいへん有用である。特に比やシンガポールの研究者は、迅速に英語で論説を書く能力にたけている。
日本側がすべての日程を決めるような従来の政府の「招聘プログラム」ではなく、ASEANの研究者の自律性に任せ、彼らが関心を持つ日本の民間組織を自由に訪問して意見を交わす機会を側面支援することこそが、東南アジアの識者らの日本理解を促すのではないだろうか。
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きば・さや 1980年生。神戸市外国語大学国際関係学科准教授。2006~09年に在比日本国大使館専門調査員。専門は比を中心とした東南アジアの政治と外交。近著に「ASEANの連結と亀裂 」(晃洋書房 2024年、共著)、「アジアの安全保障2023―2024」(朝雲新聞社2023年、共著)など。