座評軸 ミニラテラル最盛時代の始まり 日米比協力の背景と期待 神戸市外語大・木場紗綾准教授
ミニラテラル最盛時代の始まり 日米比協力の背景と期待 神戸市外語大准教授・木場紗綾
▽なぜいま、日米比首脳会議なのか
初となる日米比首脳会議が今月、ワシントンDCで開催される。これに先立ち、3月には東京で3カ国の外務次官級協議が行われた。昨年は、3カ国の国家安全保障会議の長による協議や短時間の外相会議もすでに開催されている。
なぜいま日米比なのか。3点説明したい。
第一に、インド太平洋地域ではここ2年ほどの間に、さまざまなミニラテラル(少国間)会合の意義が認識されてきた。ミニラテラルは、国連や東南アジア諸国連合(ASEAN)のようなマルチラテラル(多国間)と、バイラテラル(二国間)の中間に位置し、共通の問題関心を有する3カ国以上の対話や協力枠組みを指す。日米豪印QUADもミニラテラルの一種である。
ミニラテラル会合は、国際約束に基づいて相互に防衛義務を課す「同盟」とは異なり、あくまでも対話であり、協力枠組みである。たとえばQUADは定期的に首脳会議やハイレベル対話を行い、ワクチン供与、災害救援などの具体的な課題で協力してきた。
ASEAN加盟国は米中対立に巻き込まれることを強く懸念するが、ASEANというマルチラテラルを、ミニラテラルと併用することにはさほど抵抗がない。近年、急速に進展しつつある比・ベトナム間の対話も、かねてより実施されてきた比・マレーシア・インドネシアの3カ国海洋安全保障協力も、ミニラテラルである。近年ではそれに加え、「インド太平洋戦略」を掲げるインドが、比を含むASEAN諸国との個別対話を強化している。3月に国際交流基金と比のシンクタンク「ADRストラスベース」がマニラで開催した日比印安全保障協力に関するフォーラムもミニラテラルであり、こうした取り組みは今後も増加するとみられる。
第二に比は、経済面でも安全保障面でも、パートナーの多様化を強く望んでいる。2週間おきのアユギン(セカンド・トーマス)礁での補給活動のたびに発生する中国公船からの威嚇行為は、映像を通じてすでに比国内外の多くの市民の知るところとなった。比市民の対中認識は、ここ2年で大きく変化した。米国がかつてほどの東南アジアへの関与をしていない現在、比の戦略は、中国を刺激することなく、米国に過剰に依存することなく、それでいて中国からの脅威を抑止することにある。豪州、日本、インド、そしてドイツや英国などの国々と首脳・外相レベルでの対話を重ねて認識を共有し、南シナ海での比の能力向上のための協力を引き出す。こうしたマルコス大統領の多元的な外交姿勢は、基本的には、国内のエリート層からも一般市民からも支持されていると言ってよい。
第三に、このタイミングで日米比の首脳会談を行い、共同声明によって3カ国の対話・協力を制度化すれば、今年11月の米国大統領選後も途絶えることのない枠組みが構築できる。昨年8月に米国のキャンプ・デビッドで開催された日米韓首脳会議では、今後毎年の首脳会談を行うことだけでなく、定期的な軍事演習の実施、危機ホットラインの設置、閣僚や国家安全保障会議高官の定期協議や各分野での実務者による対話枠組みの設置が合意された。米国や韓国の政権交代によって外交政策が大きく変化しても、実務レベルの対話は継続される制度が整ったのである。近年の米比の政権の流動性と外交政策の振れ幅の大きさを考えると、米国大統領選の半年前に日米比の首脳会議を開催する意義は極めて大きい。
▽比は巻き込まれているわけではない
日米比の急速な接近は逆に中国を刺激し、中国がますます比を威嚇することにつながるのではないか、あるいは、比が「台湾有事」に巻き込まれるのではないかとの懸念も一部で聞かれる。しかし、心配には及ばない。この3カ国のなかで、中国を刺激することを最も恐れているのは比である。その比の外交・国防当局が同意しているのだ。第三者が心配する必要があろうか。日米比が接近してもしなくとも、中国の海洋での暴挙は続くのだ。
米国が台湾有事を煽(あお)り、比に(あるいは日本に)強硬に選択を迫るのではないかとの懸念も、的はずれである。一般的なイメージとは異なり、日米比の対話は、極めて対等な関係の上に成り立っている。
実は、今回の日米比協力首脳会談は2年半前から準備されてきた。マルコス政権誕生からわずか3カ月後の2022年9月と23年9月に、米国戦略国際問題研究所(CSIS)がそれぞれ東京、マニラで、民間の政策対話を開催した(筆者はその両方に出席した)。参加者は3カ国のシンクタンク研究者や大学教員、退役軍人、元外務省員などの非政府関係者で、自由な意見交換が行われた。22年9月の初会合はペロシ米下院議長が台湾を訪問して間もないタイミングでもあり、比の識者らからは、地域の緊張を高めているのは米国の側ではないか、という厳しい指摘も相次いでなされた。南シナ海におけるミニラテラル協力は歓迎するが、台湾問題には比を巻き込むな、との意見も強かった。(実際にマルコス政権は、これまで一度も、米比の防衛協力強化協定(EDCA)に台湾と絡めて言及したことはない。EDCAも米比協力もあくまでも南シナ海における能力向上のためであるとの説明にとどめ、中国への配慮を見せてきた。)
この2年間、米国政府もCSISのようなシンクタンクも、そうした比有識者の発言から学び、柔軟に態度を変化させてきた。今年2月中旬に発表されたCSISの最新の政策提言においては、台湾に関する記述は1年前に比べて明らかにトーンダウンし、協力分野を、主に情報共有や住民避難、偽情報対策などに限定している。また、「有事の際に米国がEDCAの基地を利用したいと要求する可能性は高いが、比側は政治的に非常に敏感になるだろう」とも明記し、「比は、米国との同盟関係において平等に扱われることを望む」と指摘している。
よって、心配には及ばない。米国は比の意向や懸念を十分に認識している。首脳会議の声明には、台湾有事に関する3カ国協力についての約束事や、中国を特段に刺激するような新たな文言は含まれないであろう。
▽台湾問題に共に向き合うために
比政府内においては、台湾有事への対応は、依然としてきわめて機微な話題である。米比相互防衛条約の第4条「太平洋地域における武力攻撃」の定義についても、米比両国ともにあえて曖昧にしておくことが現在の戦略となっている。この点を具体的に議論しはじめれば、「ほら見たことか、米国は結局、比を助けないではないか」、「同盟など無意味ではないか」といった内外の声を助長してしまうためである。
ただし、非公式のレベルでは、日米の間でも米比の間でも、台湾有事を念頭に置いた(文書に残さない形での)意見交換は行われているであろうし、民間シンクタンクを主体とした政策シミュレーションなども実施されている。特に、台湾に住む20万人近くの比人と、その数を超えると言われるインドネシア人の安全確保は、東南アジアにとっても考えるべき重要な課題として認識されつつある。
よって台湾に関しては、議論の内容をあえて明文化せずに日米比の間で政府ハイレベルの対話を続け、すべての選択肢をオープンにしておくことが、現時点では、3カ国すべての利益となる。その一方で、民間シンクタンクを主体とした政策シミュレーションや机上演習を通じた自由な意見交換、当事者である台湾の民間研究者や退役軍人を招いての情報共有も、並行して実施されるべきであろう。日本が比と協力して果たせる役割は大きい。
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きば・さや 1980年生。神戸市外国語大学国際関係学科准教授。2006~09年に在比日本国大使館専門調査員。専門は比を中心とした東南アジアの政治と外交。近著に「ASEANの連結と亀裂 」(晃洋書房 2024年、共著)、「アジアの安全保障2023―2024」(朝雲新聞社2023年、共著)など。