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7月2日のまにら新聞から

「比日防衛協力に新章開く」  ロレンサナ元国防相に叙勲伝達 旭日重光章

[ 1478字|2023.7.2|社会 (society) ]

ロレンサナ元国防相に旭日重光章伝達

旭日重光章の勲記を持つロレンサナ元国防相(前列右から2番目)と越川大使(同3番目)。後列左端はセンティーノ国軍参謀総長、越川大使の後ろはガルベス和平プロセス担当大統領顧問、ロレンサナ氏の後ろはアニョ国家安全保障担当大統領顧問、後列右端はメディアルデア元官房長官=6月30日、大使公邸で竹下友章撮影

 首都圏マカティ市の駐比日本国大使公邸で、6月30日、春の叙勲で旭日重光章を受章したデルフィン・ロレンサナ元国防相(現基地転換公社総裁)への叙勲伝達式が開かれた。この夜、大使公邸にはテオドロ新国防相、アニョ国家安全保障担当大統領顧問、センティーノ国軍参謀総長ら比国防・安全保障の中枢が集結した。

 旭日重光章は旭日章最高位の大綬章に次ぐ等級で、国内での伝達の場合は首相が行う勲章。越川和彦駐比日本国大使は皇居で国璽が押された勲記を厳かに読み上げ、勲章をとりつけた。

 大使は最初にロレンサナ氏と面会した2021年を振り返り、「コロナ禍で防衛交流や訓練が次々中止される中でも動じることなく2国間防衛協力拡大への固い意思を表明してくれた」とし「22年4月に開かれた初の比日外務・防衛閣僚間会合(2プラス2)によって、比日防衛・安全保障協力の方向性を固めることができた。これは間違いなくロレンサナ氏の強いリーダーシップがなければなしえず、比日防衛協力の新しい章を開いた」とたたえた。

 その上で、ロレンサナ氏の歴史的業績として、①比米海兵隊共同訓練「カマンダグ」への自衛隊正式参加の実現(2017年)②初の比空軍・航空自衛隊間人道支援・災害救援訓練(2021年)③今年2月のマルコス大統領訪日時に締結された比国防相・防衛省間の人道支援と災害救援活動に関する取り決め――を紹介した。

 また、自衛隊装備品他国供与第1号となった海自練習機TC―90の比海軍への供与、陸自の多用途ヘリUH―1H部品の比空軍への供与、国産完成装備品初の国外移転である三菱電機と国防省間の警戒管制レーダー4基の移転契約も「同様に重要なロレンサナ氏の貢献」とし、それらは「比日防衛協力の深化と軌を一にしているだけでなく、地域の平和と繁栄にも貢献する」とした。

 その上で大使は、現在レーダーはラウニオン州サンフェルナンド市のウォレス海軍施設への移転作業の途中であることを明らかにし、レーダー配備は「比日2カ国だけでなく地域全体の安全保障に寄与する」と意義を説明した。

 スピーチの最後には「コロナ下でロレンサナ氏は自宅で体を鍛えているとフェイスブックに投稿していたが、自身の肉体と比日関係の強化に関してロレンサナ氏はこれからも『抑止されない』ことを確信している」と締めくくり、笑いを誘った。

▽両親は大戦中に結婚

 ロレンサナ氏は昨年の2プラス2を振り返り、「これで比日関係は新たな高みに到達した。これは2015年の覚書締結から7年の積み上げの集大成でもあった」と振り返り、「今回の名誉は前任者たちと国防相職員のおかげだ」と喜びと感謝を表明した。

 さらに、「国防とは別件だが」と前置きしながら、国際協力機構(JICA)による巡視船の供与、基地転換公社が所管するクラーク~スービック間高速道路建設への支援、同氏の故郷であるバンサモロイスラム自治地域の開発支援、災害時の救援に触れ「日本の支援は忘れてはいけない」と述べた。

 スピーチの最後には、日本統治時代に挙式を挙げた両親のエピソードを紹介。「第二次世界大戦中、日本軍のコージ・タナカ少佐が両親の結婚式を司宰してくれた。母親からは日本兵は女性にとても優しかったと聞かされた。私が生まれたとき、両親はタナカ少佐にちなんで私の名前を付けたがったが、親戚に説得されてデルフィンになった。もし、父が自分の意思を貫き通していたら、コージ・ロレンサナとしてここに立っていたかもしれない」と述べ、会場を沸かせた。(竹下友章)

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