「ゴジラ」の犠牲となる比と沖縄 NY州立大・ベロー教授講演(上)
NY州立大のベロー教授が、大国間対立の手中にある沖縄とフィリピンについて講演
元下院議員で現在ニューヨーク州立大で教鞭をとるウォルデン・ベロー教授(77)が10日、沖縄で「半主権の危うさ―大国間対立の手中にある沖縄とフィリピン―」と題する講演を行った。米国における旧マルコス政権反対運動を主導したほか、鋭いグローバル資本主義への批判や反核・軍縮運動を理論的に支えたことで「比の知性」と称される同教授。台湾海峡を巡る米中対立が高まる中、比日が置かれる状況への同教授の分析について、概要を2回に分けて紹介する。(竹下友章)
▽2体のゴジラ
比と沖縄は共通の悲惨な歴史を持つ。太平洋戦争末期、沖縄では狂信的な軍国主義の下で集団自決の悲劇が発生し、比では自暴自棄に陥った日本軍により、幾千もの人々が性的暴行を受け、殺された。それだけでは足りず、米軍の大規模砲撃によりマニラと沖縄で莫大な市民が死傷した。要するに、沖縄と比の市民は、「アメリカ帝国」と大日本帝国という2体のゴジラの生け贄(にえ)に捧げられた。いま再び、沖縄と比は、米国と中国という二つの超大国に捧げられる子羊の役割を与えられようとしている。
沖縄と比は米国がアジアで最も深い軍事的足跡を残した場所という共通点もある。いま、米国が中国封じ込めを強化するなか、米国の力の戦略的拠点という沖縄と比の位置づけが劇的に表面化している。
マルコス政権は今年米軍が利用可能な軍事施設を4カ所増設することに合意。沖縄では台湾に面する与那国島に展開することを念頭に、米軍が新たな海兵隊部隊を配備することを決定した。岸田内閣は防衛費を国内総生産(GDP)比1%から2%に引き上げると発表した。つまり、両国は米国の対中冷戦の最前線国家というやっかいな地位に「昇格した」ということだ。
▽米国が育てた「モンスター」
このような状況になったのは、かつて事実上の同盟関係にあった米中の関係がソ連崩壊以降、危険で予測不可能なものに変わったからだ。ソ連崩壊以降、米国は中国を、米国一強状態を脅かす潜在的脅威と見なすようになった。
ただ、同時多発テロ以降の米国の対テロ戦争に中国を取り込む必要があり、米多国籍企業にとっては安価な労働力の供給源として中国が必要だったため、約30年間、米国政府の戦略的関心よりも対中融和策を優先した。
だがそれも2017年のトランプ政権誕生によって、中国封じ込めの方向に本格的にかじを切った。短期的利益のために技術を取引したため「モンスター」を作り出してしまった米多国籍企業は、トランプの「聖戦」を支持。25年続いた米多国籍企業と中国の同盟は終焉(しゅうえん)を迎えた。
トランプ政権は中国の抗議を押し切って韓国に地上配備型迎撃システム「THAAD」を配備。19年に米露間の中距離各戦力全廃条約を破棄して西太平洋への中距離ミサイル配備に動きはじめ、南シナ海での米海軍哨戒を強化した。
21年に発足したバイデン政権は、前政権の単独路線を多国間路線に戻すため比など同盟国との関係修復に動いた。しかしその最大の目的は中国の孤立化であることに変わりない。中国への高関税を維持し、中国に対抗し米国の技術優位を高めるために約2800億ドル投じるCHIPS法を通した。ファーウェイなどの中国企業への通信技術移転を阻止したトランプ政権に続き、バイデン政権も最先端の半導体の対中輸出や半導体製造分野における中国企業の米国人雇用を禁止した。
バイデン大統領のもう一つの重要な動きが外交で展開された。中国が西側の優位性を脅かす競争国であり、それに対抗するためには政治と経済の協調行動が必要であるという合意を、同盟国間で形成した。中国の友好国であるロシアは、ウクライナへの軍事侵攻によって、欧州諸国と対中同盟を形成しようとする米国の政策にくしくも貢献した。南シナ海では、英国、フランス、ドイツの艦船が米国や日本が実施していた「航行の自由作戦」を行うようになった。
米国は22年の国家安全保障戦略で中国を「米国が直面する最も重大な地政学的挑戦」と位置づけた。サリバン安全保障担当大統領補佐官は、中国と米国との協力と緊張緩和で特徴づけられていた「ポスト冷戦」の時代が終わったと解説した。
▽不完全な日本の主権
社会学者マックス・ウェーバーは暴力装置の独占が国家の特徴だと説明したが、日本は世界3位の経済大国でありながら武力の保有と行使に関し最も主権が弱いという特徴がある。日米同盟の基盤は1951年に平和条約と同時に締結された日米安保条約だが、この交渉を仕切った当時のダレス米国務長官は同条約を「他の手段による占領の継続」と位置づけていた。この条約および複数の付属協定は「日本の領土、領海、領空を含む米国管理施設とその近接範囲に対する権利、権力、権限を、米国に対し公式に付与した」と指摘される。米軍は兵員や物資を日本国内に駐留させ、情報を収集し、軍事演習を行うことができる。米軍に国内の港湾、空港へのアクセスを保証し、外部からの敵対行為が発生した場合、日本政府は防衛のために必要な共同措置を取ることを目的として、米国と協議する義務を負う。これらの規定は日本が主権者でありながら、その領土内での武力行使を真に独占していないことを意味する。
日本はダレス米国務長官が言ったように、いまだ軍事占領国であることを忘れている。青森の三沢基地から沖縄の米軍基地群まで全国に約80カ所の施設、5万人以上の米軍隊員が駐留しているのだが、国土面積の0・6%に過ぎない沖縄県に米軍関連施設の約7割が集中しているため、沖縄県民以外の日本国民はこれを「沖縄問題」として矮小(わいしょう)化し、受け流しているだけだ。
だが、日本の他の地域にあるほとんどの米軍基地は米国の戦争装置の不可欠な部分をなしている。特に、横須賀海軍基地は南シナ海で米国のプレゼンスの根拠となっている米国第7艦隊の母港だ。この事実だけで、現在本格化している米国の対中封じ込め戦略に日本が密接に関わっていることは明らかだ。
▽三つのリスク
日本における米軍の戦争準備が加速することで何が起こるか。一つは米国の圧力による米軍基地維持費増だ。現に昨年、米軍駐留経費を5カ年1兆円以上に増額することが決まっている。防衛費も倍増させる方針が決まった。急速な防衛費の拡大は政府収入で補いきれず、政府は借金を増やし、債務残高対GDP比のさらなる拡大につながるだろう。
二つ目は、安倍政権の「集団安全保障ドクトリン」によって道筋がつけられた自衛隊の国外活動深化によって生じる。現在自衛隊は、人口問題などにより、採用枠を埋めるのに多大な苦労を強いられている。「得られる人をかき集めた上で、技術進歩で人手不足を埋め合わせることを期待している」状態だと専門家は指摘する。そうした人手不足の中、平和的協力に限らず海外活動を拡大することは、それと交換に、国民に良いイメージを与えてきた災害救援活動に割ける能力を制約するだろう。
三つ目は、米国が日本の武装解除策を捨て、日本の再軍備化を積極的に支持しようとしていることから生じる。米国の後援を受けて、今後日本で改憲の動きが本格化することが予想される。憲法9条に思い入れのある高齢世代の影響力が低下する中、米国の新たな封じ込め軍事主義に対する心理的障壁がなくなる可能性はある。憲法9条改定を巡る新たな論争は、社会を左右に両極化させ、不安定化させるだろう。(つづく)