「超法規殺害の要因は政軍関係」 山根健至福岡女子大准教授
福岡女子大の山根健至准教授「超法規的殺害の構造的要因は政治と軍の関係」
福岡女子大の山根健至准教授(国際関係学)は20日、日本の人権NGO「ストップ・ザ・アタックス・キャンペーン」(SAC)主催のウェビナーで、フィリピンの「超法規的殺害」問題をテーマに講演を行った。その中で同准教授は、超法規的殺害が強権的統治を敷いたマルコス、ドゥテルテ両政権だけでなく、エドサ革命(2月政変)後の歴代政権でも行われてきたことに着目。民主化後も超法規的殺害が無くならない構造的要因を政治と軍の関係(政軍関係)から解説し、その制度化が進んでいるとした。
山根准教授は、超法規的殺害の中でも、政治的理由により人権活動家やジャーナリスト、左派政党関係者が当局から殺害される「狭義の超法規的殺害」に着目。マルコス政権後半(75~85)に3257人、アロヨ政権期に1206人、ノイノイ・アキノ政権期に333人、ドゥテルテ政権期で421人が政治的理由によって政府当局から殺害されたとのデータを提示した。
▽「フロント組織」認定
こうした政治的理由による超法規的殺害が横行する背景について、国軍の「反乱鎮圧作戦」を指摘。国軍は比共産党とその軍事部門である新人民軍(NPA)を「国内安全保障上の最大の脅威」と考えており、共産党・NPA活動の7割は軍事闘争でなく「都市部でのフロント組織を通じた支持拡大、民衆の過激化、資金拡大などの『政治闘争』が占めていると(国軍は)認識している」と説明。
その上で、国軍は「フロント組織」を拡大的に捉えており、共産党と無関係の労働組合やNGO、左派系政党も含め広く「フロント組織」認定していると指摘。「左派政治活動家やジャーナリストへの超法規的殺害に国軍が関与していることは、各人権団体だけでなく、政府の調査委員会も指摘している」とした。
▽民主化と国軍依存
そうした国軍は、マルコス期に「独裁制のパートナー」として重用され、閣僚など文民ポストにも進出、政治的影響力を強めたことで「味をしめた」。
86年のエドサ革命、01年のエドサ革命2による政権交代は国軍の寝返りによって成功しており、さらに、コラソン・アキノ、アロヨ政権では国軍の一部がクーデーター未遂事件を起こしたことで、国軍主流派を味方につける必要も高まった。こうしたことから民主化後も「政権維持のために国軍に依存する状況が生まれた」とした。
その上で山根准教授は「共産党・NPAとの和平交渉が決裂している時期と、『左派勢力』による政権批判が高まっている時期に政治的理由による超法規的殺害が増加する傾向がある」と指摘。「政治と国軍の利害が一致する次期に超法規的殺害が増加する」と考察した。
▽殺害正当化の論理
同准教授はまた、9・11同時多発テロを契機とする米国の「対テロ戦争」が「超法規的殺害を正当化するレトリックに利用された」と指摘。
イスラム武装勢力アブサヤフは国際テロ組織アルカイダと関連があるとされており、当時米国は比を対テロ戦争の「第2戦線」に指定。比政府はこれに乗じ、対テロ戦争の対象をモロ・イスラム解放戦線(MILF)やNPAにも拡大した。
山根准教授は「米国がNPAをテロ組織指定したのはこの時期。比政府からの働きかけがあったとも言われている」とした。
ドゥテルテ政権では、18年に元国軍参謀長が副議長を務める国家タスクフォース(NTF―ELCAC)が発足、20年には「政府が恣意的にテロリスト認定できる恐れのある」テロ防止法が制定。政府・国軍による「赤タグ付け」という手法が導入される中、「『左派活動家、ジャーナリストなど=共産党・NPA=テロリスト』という図式が公式に作られ、反乱鎮圧作戦の名目で人権侵害が許容される『例外状態』の制度化が進んだ」とした。
ボンボン次期政権の展望について尋ねられた山根准教授は「幹部を務めた退役軍人らはロブレド現大統領支持に回っており、現国軍がマルコスという名前をどう思っているのかが今後のポイント」とコメント。
また「SNSの影響力が拡大する中、SNSを通じて行われる赤タグ付けがそのまま真実と信じられる状況が生まれるのでは」と懸念を表明した。(竹下友章)