ハロハロ
日本で春の季語になっている自然の営みが、四季のないこの国でも今、うかがえる。「竹の秋」(竹秋)だ。「竹の秋」という季語は新緑の季節にそぐわないような印象を受けるが、首都圏の南郊、マキリン山のふもと近くの丘陵地にある拙宅では、3月中旬を過ぎてから、竹の葉が黄ばみ始め、枯れた葉が絶え間なく庭一面に舞い落ちる。まさに「竹の秋」。 夕方や吹くとはなしに竹の秋 永井荷風の作句そのままの情景だ。
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タケノコが驚くほど早く成長するのは、親株が地下茎を通じて絶え間なく養分を送っているからだそうだが、その一方で親株は葉の新芽に日光を当てるため、古い葉を次々に落としているといわれる。「竹の秋」にある「秋」は、四季の一つを表すのではなくて、収穫の時期を意味する用語。そこですぐに思い起こされるのは「麦秋」。麦の取り入れ時は初夏なので夏の季語だが、収穫時期を表す「秋」の字句が用いられている。
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竹の話が続く。これも夏の季語である「竹の花」。昨年5月、拙宅の庭で2種類の竹がほぼ同時に稲の穂に似た地味な花を咲かせた。この欄でも紹介したが、竹は普通、花が咲かず、開花しても60年から約120年周期で、開花後に竹は一斉に枯死するという。そこで竹の開花は不吉な事が起きる前兆といわれる。それが今年3月下旬、昨年に続いて茎の黄色い孟宗竹に似た一種が花を咲かせた。短くても、開花期が60年周期という花が……。庭の竹はまだ1本も枯れていないが、今後何か起きたら竹物語をご報告したい。(濱)