ベンゲット道公園
民族文化と歴史を「展望」
二十世紀初頭に日本人労働者らが切り開いたベンゲット(別名ケノン)道沿いに新名所が誕生する。ルソン島北部バギオ市の日系人組織「北ルソン比日基金」(カルロス寺岡理事長)が同市と共同で建設した展望台公園。日本人のフィリピン移民百周年を記念した事業で、二月二十日の記念式典に合わせて公園の完成式も行われる。
約三百万ペソをかけて、ベンゲット道のつづら折りを望む急斜面約五百六十平方メートルを整備した。斜面に沿って配したボントック、イフガオ、ベンゲット、カリンガ民族の伝統家屋を階段と回廊で結び、山岳民族の文化と道路の歴史を伝える。回廊脇には、日本人移民が一世紀前に持ち込んだカキの木やツツジも植えられる。
伝統家屋は、ベンゲット、マウンテン・プロビンス、イフガオ、カリンガ各州で実際に使われていたものを同基金が買い取った。いずれもコゴンと呼ばれる草で屋根をふいた高床式住居だが、外観や火をおこす場所の位置、暖気を屋内に循環させるための仕組みなどが微妙に異なり、冷涼な高地で生きてきた各民族の「知恵」を肌で感じることができる。
ボントック民族の家屋に入ってみた。身をかがめて戸口をくぐると、正面一番奥まった場所にある台所がまず目に入る。壁沿いの一段高い部分は寝床。中央の空きスペースを挟むように長いす様の板が張られている。天井裏は稲穂の収納スペースで、台所の排熱で自然に乾燥する仕組みになっている。薄暗い屋内はひんやりして、窓を閉め切ると空気の流れがぴたっと止まる。
工事に従事しているレイモンド・アスポエンさん(38)は「外が寒い時、内部は暖かい。逆に外が暑い時、中は涼しい。雨が降っても、コゴンの屋根は雨音をたてないので熟睡できる」と話す。最近は、森林伐採でコゴン草の入手が困難になり、都市部以外でも維持の簡単なコンクリート製の家が大部分を占めるようになった。アスポエンさんもボントック民族だが、伝統家屋で寝起きしたことはなかったという。
昨年一月から工事を監督してきたマウンテン・プロビンス州サガダ町生まれの日系三世、パトリック・ヨシカワさん(62)は「ルソン島北部の部族には日系人もたくさんいる。部族の文化を伝えることは、日系人を知ってもらうことにつながる。伝統的な家屋を新築するケースはもうほとんどなく、若い世代が伝統や文化を再認識する場になれば」と期待を込める。
公園最上部の展望台から最下部のカリンガ民族の家屋まで、斜面の高低差は百メートルを優に超える。ヨシカワさんによると、当初計画では、観光客は最上部でバスを降り最下部の駐車場で車に戻る、つまり人の流れは上から下への一方通行になる予定だった。
ところが、同市が予算を出し渋ったために駐車場建設は現在も宙に浮いたまま。「果たして観光客は下まで降りてくれるだろうか」。ヨシカワさんが心配するようにつづら折りの回廊・階段を登るのは一苦労だが、大汗をかきながら、日本人労働者が味わった労苦の一端を追体験するのも一興かも。 (酒井善彦)