ベルナルセンター
同性愛者の「駆け込み寺」
カロオカン市アグリパイ通りに同性愛者の自立を支援する芸術訓練施設「イシュマエル・ベルナル・コミュニティーセンター」が誕生した。家族などの虐待から逃れるための「駆け込み寺」だ。一九七〇︱八〇年代に活躍したフィリピンを代表する映画監督で、同性愛者だった故イシュマエル・ベルナル氏(一九三八│九六)の生誕六十四周年を記念して今年九月下旬にオープンしたばかり。ゲイの全国団体「プロ・ゲイ」が運営し、左派系政党「バヤン・ムナ」のマサ下院議員が設立した貧困層のための優先開発基金が資金を拠出している。
街角の美容室では、大っぴらに女装した美容師が人気を集め、コメディ映画には「バクラ」が頻繁に登場するなど、フィリピン社会は同性愛者をおおらかに受け入れているかのように見える。しかし、根底には根深い差別が存在する。
「同性愛者は全人口の約一割を占めるとの統計もあるが、『非生産的だ』と非難されることが多い」︱︱。センター代表のピージェイ・サルカドさん(27)は、カトリック教会の影響力が強く、性に関するタブーの多いこの国での同性愛者の難しい立場を説明する。
施設はわずか五十平方メートル弱。コンクリートむき出しの質素なたたずまいで、流し台のほか、ソファとテーブルがあるだけ。壁には来所者のクレヨン画が数枚、掲示してある。親族や近所の人から精神的、肉体的な虐待を受けた人には格好の居場所だ。宿泊のための設備は特にないが、宿泊者はソファーなどをベッド代わりに使っている。
開所から一カ月ほどで、ここで絵画や演劇などを無料で学ぼうとすでに五十人余りが訪れた。家族から性的虐待を受けた子供が数週間身を寄せたケースもあったという。常駐の三人は、芸術的な技能を教授するだけでなく、家事を率先して行い家族と協調することで虐待を最小限にとどめるための「処世術」も伝授している。
指導員の一人、クリスチャン・リネスさん(28)はイースト大学で三年間、演劇論と文学を講義した経験を持つ。祖父母の代から数えて一族で二十三人目の同性愛者とあって、家族らによる差別や虐待を経験せずにすんだ。
それだけに、「同性愛者をありのままに受け入れられるよう、家族の間に相互理解を深めることが一番重要」というのが持論だ。十二月十五日の「ゲイ・ファミリー・デー」には、相互理解をテーマに書き下ろした演劇を首都圏で上演する。キャスト二十五人のうち十五人が施設で演劇を学び始めた人たちという。
リネスさんは「一般の人にこそ芝居を見て欲しい」と張り切っている。試行錯誤を始めたばかりのセンターにとって、上演の成功は今後の運営の指針となるからである。(相良陽子)