バナハオ山
祈とう治療師の集う霊山
マニラから車で1時間半ほど南下、ラグナ州サンパブロ町に入ると左手に独立峰が見えてくる。フィリピン最大の霊山と言われるバナハオ山だ。ケソン州との州境に入る前に国道を左折し、ケソン州ドロレス町役場を通ってから山道をしばらく走ると山ろく部にあるバランガイ・サンタルシアに到着する。そのジプニー乗り場でさっそく目玉のマークとモーゼの十戒を記した真白なコンクリート碑が目に飛び込んでくる。霊山への案内標だ。
現在、この霊山のふもとには百を超す宗教グループが集まり、教祖やその信者たちが共同生活を送っている。彼らの信仰はキリスト教と土着の精霊信仰が融合したフォークカトリシズムと呼ばれ、いずれのグループもフィリピンの英雄、ホセ・リサールをイエスの再来として信仰している。また、教祖たちの多くは、祈とうや薬草使用を中心とする心霊治療に長けており、不治の病に苦しむ患者たちが遠路はるばるこの場所にやって来る。
ドドン・エンカンタドレスさん(56)もそんな教祖の一人だ。家の中には巨大な祭壇があり、幼いキリスト像やマリア像、ホセ・リサールの肖像などが雑然と雛(ひな)壇のように並んでいる。また、五百平方メートルほどの敷地には、気管支系疾患に効くオリガノや頭痛や腹痛の特効薬になるミラグロサ、リューマチに効くルナスなど様々な薬用植物が植えられていた。心霊治療を施すのにはロウソクと油、薬草などが不可欠だが、特に病気の原因となっている悪霊や恨みを持つ人間を特定するのが教祖の腕の見せ所だという。
カビテ州出身のドドンさんは、霊峰通いをしていた父親の死後一九九六年に移り住んできた。かつては国軍兵士としてミンダナオ島のゲリラ掃討などに従事したこともあったというが、現在では心霊治療のほかに、霊力を込めたお守り用の首飾り「アンティンアンティン」の製作、全国の信者の組織化などに忙しい。
ドドンさんを師と仰ぎ共同生活を送っているエルリンダ・マガリナウさん(57)はケソン州チアオン町の小学校で教員をしている。不治の病を患っていた夫が心霊治療で治ったことが契機となりある宗教集団に入信。その後、賢人を求めて友人女性と二人で全国行脚、ドドンさんに巡りあった。彼女は「毎夜、心を静めて神と直接交信し、自然万霊に祈りを捧げるためにはここがもっとも適している」と穏やかに語った。
ドドンさんを含む宗教団体のリーダーたちは最近、定期的に会合を持つようになった。最近の議題の一つが「西洋医学との協力関係の構築」。ドドンさんは「心霊治療に理解を示し、我々の手に負えない救急患者を受け入れてくれる病院を早く見つけたい」と真剣な表情で話してくれた。(澤田公伸)