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7月21日のまにら新聞から

シアノ・アートリンク

[ 1123字|2002.7.21|社会 (society)|名所探訪 ]

地方と首都圏結ぶ美の窓

 七月七日の七夕、首都圏郊外に一風変わったギャラリーが産声を上げた。生みの親はフィリピンを代表する現代画家、ヌネルシオ・アルバラードさん(52)。名前には地方出身者を意味する俗語「シアノ」を敢えて使った。首都圏出身者がこの言葉を発する時、「何も知らない田舎者」という意味がこもる。一種の差別語だ。

 アルバラードさんの故郷は、かつて飢餓の島と呼ばれたネグロス島北東部。「シアノ」の視点からサトウキビ農園労働者ら民衆の怒りや悲しみを描いてきた。一九七〇年代半ば、ネグロスを離れ比大芸術学科で絵を学んだが、首都圏に地方出身無名画家の作品を受け入れてくれるギャラリーはなく、看板類を描いて一家八人の生活費を稼ぐ生活が一九九〇年ごろまで続いた。

 アルバラードさんは言う。「地方の民衆は五%の幸せのために九五%の寂しさを耐えている。一瞬の笑顔の向こう側には圧倒的な寂しさがある。中央へ出ることができない芸術家もそうだ」。ギャラリーには、地方の芸術家に首都圏で発表の場を提供したいという思いを込めた。

 作品を展示しているのは、いずれもビサヤ地方に属するネグロス、セブ、パナイ、ボホール島出身の画家や彫刻家三十三人。民家を改造した約百平方メートルほどのスペースに個性豊かな作品五十二点が並ぶ。ミンダナオ地方からも近々作品が届くという。ルソン島にも地方、田舎はあるが、同島出身者の作品は一点もない。「シアノ」は単なる地方出身者という意味ではなく、ルソンとビサヤ・ミンダナオの確執を象徴する言葉なのかもしれない。

 玄関をくぐった客を迎えるのは、アルバラードさん自身の作品「愛しのレイナ」。高さ二メートル近いカンバスに男の欲望を吸ってみにくく太った女性が描かれている。首都圏へ出た地方出身者のなれの果ての姿だろうか。カネと欲におぼれた女性への哀れみとおぼれさせた男たち、都会への憤りを感じさせる。

 レイナを取り囲むように、地方の穏やかな生活風景や母子の姿を描いた若手画家の作品が並ぶ。窓が開け放たれたメイン展示室には、農業労働者や市場の物売りなど日常を切り取った絵や環境保護を訴える作品。画風と同様、作品名もイロンゴ語、セブアノ語、英語と様々だ。

 ここに作品を持ち込めた画家らはまだ幸運だろう。地方には首都圏の背中さえ見えず、日々「生活か創作か」の選択を迫られている芸術家が無数にいる。かつて同じ道を歩いたアルバラードさん。まだ見ぬシアノ芸術家たちに「ギャラリーは地方と首都圏を結ぶ窓。地方の若者たちはここを踏み台にすればいい」と呼び掛け続ける。(酒井善彦)

 「シアノ・アートリンク」はパラニャーケ市ベターリビングにある。電話番号は八二一・三九〇四。

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