ラスピニャス教会
バンブーオルガンで脚光
首都圏マカティ市から南に約十キロ、ラスピニャス市キリノ通りに世界唯一の竹製パイプオルガンで有名なラスピニャス教会がある。レンガ造りの教会の前には竹が生い茂り、教会内はベンチ、天井からシャンデリアまで竹一色。鈍く茶色に光る竹が温かい雰囲気を醸し出している。
お目当てのオルガンは教会の中二階にある。スペイン人神父が一八二四年に製作した。全部で千三十一本あるパイプのうち九百二本が竹製。真っすぐな金属製パイプとは違い竹のパイプは少し形がいびつでほほ笑ましい。製作前に竹はビーチの砂に八年間も埋められた。吸収した塩分が「虫よけ」となり、二百年の歳月に耐えてきたという。
二階からパイプをのぞいてみると、周囲にはクモの巣が張り巡らされていた。だが、居合わせた奏者がオルガンを弾き始めると、きれいな音色が教会内を包んでいった。
一八八〇年代には度重なる地震や台風で損傷し、使用不能となった。一九七三年、ドイツに送られて完全修復されたオルガンは、七五年にフィリピンに戻され、約百年ぶりによみがえった。
今度はその維持管理が問題になった。パイプオルガン職人がいないフィリピンでは、老朽化した竹製パイプの手入れは難しかった。「職人育成が不可欠」と判断した同教会はパイプオルガンの製造、修復を学ばせるため、八〇年代後半に二人の少年を本場ヨーロッパに送り出した。
そのうちの一人、シルウィン・タグレさん(30)は八八年から九三年まで五年半、オーストリアとドイツの著名な製造会社に就職し技術を習得した。高校卒業後、十六歳で海を渡り、悪戦苦闘の日々を送った。
「ドイツ語は半年でどうにかなった。しかし、文化の違いは大きかった。フィリピン人は時間をあまり気にせず、物事を簡単に済ませる傾向にある。一方、ドイツ人は時間に厳しく、手を抜かず徹底している。非常にストレスを感じた」とタグレさんは振り返る。
挫折しなかったのは「世界で唯一のバンブーオルガンを守るという使命感。それに何よりパイプオルガンのメカニズムに魅せられたため」という。
九四年に帰国後、タグレさんはフィリピンで初めてパイプオルガン製造会社を立ち上げた。これまでに八台生産し、うち一台を輸出。マニラ市のサンオーガスティン教会のものを含め五台を修復した。
バンブーオルガンの存在は同教会を観光スポットにしつつある。訪れた日も香港からの団体客らが姿を見せていた。関係者は「今のパイプをあと二百年は維持したい」と話す。タグレさんらは後継者育成という重要な任務を課せられている。(湯浅理)