バナウエ博物館
崩壊する文化の象徴
ルソン島北部のイフガオ州バナウエ町。首都圏からバスで九時間、標高千五百メートルの辺境の地だ。しかし、精霊信仰をはじめ独自の伝統文化を持つ山岳民族、イフガオ族や、世界遺産のライステラス(棚田)で名高く、世界中から観光客が訪れる。
同町のホテル「スプリング・ビレッジ・イン」四階の一室に「バナウエ博物館」が設けられている。イフガオ族をはじめとする山岳民族の工芸品が展示されている。
ホテル玄関脇にある急な石段を上り切ったところに博物館の入り口がある。百平方メートルほどの板張りの館内は、約千個もの像や彫刻、装飾品などでいっぱいだ。祭礼用が大半で、精霊などを形取ったものが目立つ。
博物館員のウイリー・ボニョルさん(29)によると、オーナーはフィリピン人女性と結婚した元建築家の米国人男性。
山岳民族の工芸品に興味を抱いた男性は、マニラ市で工芸品の店を経営するかたわら、約二年前に博物館をオープンした。一九五〇年代からイフガオ州やベンゲット州の山村を訪ね歩き、これらの品々を集めたという。時価八百万ペソと見積もられている。
展示品の中で目を引くのは、マホガニー材を用いた「ハガビ」という名の巨大なベンチだ。長さ約四メートル、幅六十センチ、厚さ五センチ余りの一枚板で作られ、重さは約五百キロあるという。山岳民族の間では大きなハガビを持つことは豊かさの象徴とされる。これは百年以上も前に作られたとされる年代物だ。
山岳民族の儀式で重要な役割を果たす精霊「ブロル」の像もある。人がひざを抱えたり、かめを抱いた形をしたブロルの像にイフガオ族は豚や鶏の血を浴びせ、収穫を祝ってきた。長年血を浴び続けたブロルは真っ黒に変色。独特の雰囲気を漂わせている。
年代物のハガビやブロルは富裕層のインテリアとして人気があり、現地まで買い求めに来る日本人もいるという。
だが、イフガオ族の村々では「伝統的な儀式に村人が参加しなくなった」「若者が都会に出て行く」と嘆く古老の言葉を数多く聞いた。しかも、先祖代々受け継いだ「宝」が金に糸目を付けない外国人に売り渡され続けている。崩壊してゆく山岳民族文化の現状が象徴されているようだ。
町内の博物館はここだけ。財政不足の政府や自治体には文化財保護に本格的に取り組む余裕はない。皮肉なことに、外国人に買い占められた結果が、保護につながったと言える。
博物館は毎週月│土曜日の午前七時│午後五時まで開館。入場料は百ペソ。(阿部隼人)