ハンドレッド・アイランズ
真っ青な海に浮かぶ丼
「百の島々」と名付けられた小島の群れは、さざ波さえ立たないリンガエン湾に浮かんでいた。
「ポンポンポン……」。小気味よいエンジン音を刻みながら島々の間を快走する屋根付きバンカ。真っ青な海を背景に、丼(どんぶり)を伏せたような島影が重なっては離れる。
乗客からよく聞かれるのだろう。「島は全部で百二十五ある」。船頭のエドウィン・アントリンさん(37)が問わず語りに口を開いた。
「向こうに見える島は……」と指さしたのは、ガバナーズ島。別荘風の施設が岩盤にしがみつくように立っている。三十年ほど前、当時の州知事が建設し、雨水のろ過装置、発電機も整っている。管理者の観光省に予約を入れれば一泊約二千ペソで孤島の夜を楽しむことができる。
人工物のある島は、ガバナーズ、チルドレン、ケソン島の三つだけ。残りの島々は昼夜を問わず無人島。海水に削られた荒々しい岩盤が海面に突き出、小舟でさえ着岸は難しいらしい。
ルソン島中西部、パンガシナン州アラミノス町の岸壁を離れて約三十分。島々の中でも比較的大振りなケソン島に上陸した。幅三十メートルほどの小さな砂浜があり、観光シーズンには一日一千人近くの観光客でごった返す。
真夏にあたる三、四月は船頭のアントリンさんにとっても書き入れ時だ。ケソン、ガバナーズ島への送迎料金は四百ペソ。燃料代、組合費を除いた三百ペソが手元に残る。一日二︱三往復する日も多いという。
彼は元々、南イロコス州の山岳部で生まれ育った「山の民」だった。仕事は、急斜面を切り開いた棚田での稲作。「仕事は単調で厳しかった。カラバオ(水牛)のように働いた」と振り返る。
八〇年代半ば、結婚を契機にアラミノス町へ移住。妻は同町出身の女性。同町へ来るまで、海水浴をしたことも海釣りをしたこともなかった。
今ではバンカ二台を持つベテラン船頭。「もう山へは帰らない。カラバオより魚の方がいい」という父親に、海育ちの二男(15)が「僕はカラバオが好き。山へも行ってみたい」といたずらっぽく笑いかけた。(酒井善彦)