「戦略的互恵関係の深化を」 遠藤和也新大使単独インタビュー
遠藤和也大使に聞く。「比との戦略的関係を、経済、人的交流、安全保障、それぞれの分野で着実に進めたい」
経済は東南アジア諸国連合(ASEAN)最高水準の成長を続け上位中所得入りを目前にする一方で、地域の海洋安全保障では「ルールに基づく国際秩序の最前線」として世界中の先進国からの支持を集めるなど、アジア太平洋地域でますます戦略的な重要性を高めるフィリピン。この重要局面で、多くの業績と存在感を残して退任した越川和彦前大使からバトンを継ぎ、4月4日に正式にフィリピン共和国駐箚(ちゅうさつ)特命全権大使に就任したのが、遠藤和也大使だ。比日関係が黄金時代から「さらなる高み」への上昇を目指す中、日本国大使という重責を担う決意について遠藤新大使に話を聞いた。(聞き手は竹下友章)
―とても若い大使が来たと在比邦人の間でも話題になっている。在外公館勤務含め、これまでの経験は。
若いというほど若くはないんです(笑)。外務省に入省したのは1990年で、今年で35年目。入省後は中国語の研修を受けたので、北京・東京で中国関係の業務に携わることも多かった。在外経験は研修も入れると、中国、米国、その後東京に戻って、次は英国、もう一度中国。また東京に戻って、再度米国、中国と赴任し、東京に戻るという形だった。
直近では、国際協力局長として、政府開発援助(ODA)関係業務全般を統括する仕事をしていた。その中でもフィリピンは非常に大事な国で、今回比に勤務できることはありがたいと思っている。国際協力局長の前は総合外交政策局におり、ここはいろんなことを担当するのだが、日米豪印(QUAD)協力担当大使も務めた。そのときにはQUAD外相会合や、東京で2022年5月に開かれたQUAD首脳会談も担当した。また、ちょうどウクライナ紛争が起きた頃。ウクライナの問題は総合外交政策局でも重要課題として取り組んでいた。その前のアジア太平洋局の審議官としては中国、台湾等の課題を担当した。課長級としては、官房総務課長、中国・モンゴル第一課長を務めたほか、国連安保理担当や、南東アジア第一課長として東南アジアのメコン地域を担当したこともある。
―これまでの比との関わり、そして印象は。
最初のマニラへの出張は1990年代の半ばで、当時の経済協力局に務めているとき。その後もポツポツとは出張の機会はあった。最近では国際協力局長としてODA関連業務を通じて比と関わった。特に、首都圏地下鉄事業、南北通勤鉄道事業、比沿岸警備隊(PCG)への船舶の供与などに重点的に携わった。昨年岸田文雄総理が比を訪問された際にも同行し、また一昨年の日比経済協力インフラ合同委員会に出席した。
だが住むというのは今回が初めてで、比への見方も徐々に変わってきた。活気があって成長しており、日本に対する期待、日本に対する位置づけが非常に大きい国だと強く感じている。同時にフィリピンの方々のフレンドリーな姿勢にも強い印象を受けている。
―大使着任前に日比谷公園のリサール博士、キリノ大統領の顕彰碑を訪問し、正式就任初日にリサール公園のリサール像に献花している。
どこの国においても、その国の文化や歴史に対する敬意というのは赴任する際に大事な要素だ。まだ勉強中の身だが、比の歴史や文化についても一層深く知っていきたい。私もまだ首都圏とバタアン州くらいしか行けていないので、これから比各地に訪問する機会を作っていきたい。各地の歴史・文化を学び敬意を持つとともに、そこで暮らす人々が何を必要としているかということをきちんと把握していくことも大事なことだと思っている。
―駐比日本国大使として特に力を入れて取り組みたいことは。
総じて言えば、比との戦略的関係を、経済、人的交流、安全保障、それぞれの分野で着実に進めたい。その中でも、先を見てどういった取り組みを進めていくかということを、自分なり、大使館なりに考え、東京にも上げながら進めていきたい。
というのも、比は変わってきている。私がこの前まで東京で担当していたODAの世界でも、比は上位中所得国入りが視野に入っている。その中で、日本にとっても比にとっても利益になるような協力のあり方がどういうことなのか、改めていま考えていく必要があると思う。
比との間での知的交流についても、様々な共通の課題に直面している中で、より一層深めていく余地はある。安全保障は特に最近、日比部隊間協力円滑化協定(RAA)の交渉であったりとか、色々な形で新たな分野での協力を進めている。日本とフィリピンとの近い関係をきちんと戦略的な形で深めていく努力をしていきたい。
2026年には日比国交正常化70周年を迎える。その年は、比にとってみれば東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国の年。こうしたことも念頭に置きながら、どういった準備・取り組みを進めていくか、大使館内でも議論を深めていきたい。
―初の日米比の首脳会談と共同声明をどう受け止めたか。
日本は、日米同盟を深めながら他の同志国との協力を強化していくということを様々な形で行ってきた。QUADもその一つで、そうした取り組みを重層的に進めていくということが、インド太平洋地域の平和と繁栄のためには極めて重要という考えに基づき、日本政府は取り組みを続けてきた。
こうした取り組みの一環として、今回日米比の首脳会談が行われ、その後に具体的な協力を盛り込んだ共同ビジョンステートメントが出た。これは歴史的なことだ。われわれの仕事にとっても大きな意味がある。しっかり具体化していくことが大事だ。
―3カ国の海洋安全保障については比国内でも、南シナ海問題の助けとなるのか、台湾有事が発生したとき15万人いる海外比人労働者(OFW)の送還に協力してくれるのか、中国との緊張をエスカレートさせるより地域を安定させる効果が強いのか、という期待や不安がある。
比・日・米の国内では様々な見方があることだと思うが、3カ国政府が共通して繰り返し言っているのは、日米比の協力は、まさに地域の安全・安定・繁栄のためであって、ある特定の国だとか、特定の事態に対するものではないということ。「自由で開かれた国際秩序」を守っていく姿勢を共有している3カ国が、海洋分野を含め協力を深めていくということ自体が、この地域の平和と繁栄につながっていくものだ。
今回打ち出されたものの中に、海上保安機関間での合同訓練や、軍・自衛隊の間で共同訓練・演習が記されている。こういった協力は、地域の安定化のためにこそ、推し進めていくべきことだ。
―今年は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が無国籍者ゼロ達成の目標とする年にあたる。無国籍状態にある残留日系人二世の国籍回復を加速化するためにどう取り組むか。
残された時間が限られている中で、非常に重大な課題だと認識している。先の大戦の混乱により、戦後、残留日系人の方々が大変な苦労をしてきたことに思いを致すとともに、日本人としてのアイデンティティーを持ち続けられてきたことへの敬意も強く抱いている。当事者の高齢化が進んでいる中、一日も早い国籍の回復は、われわれにとっても最重要課題の一つだ。比政府などとも緊密に意思疎通しながら、これまでの取り組みを、より一層加速させていきたい。
―グローバルスタンダードである輸出企業の国内調達に関する間接税(VAT)の還付制度が、比では十分に機能していない。改正法(CREATE MORE)の審議が進む中、大使としてこの問題にどう取り組むか。
まず大前提として、比では様々なセクターで規制の撤廃等がなされており、高い英語力を持つ豊富な労働力のあるフィリピンに対し、日本企業の関心、投資意欲はますます高まっている。東京でもいろんな企業関係者にごあいさつするなかで、こうしたことを改めて強く感じた。
その一方で、税の分野をはじめとしてビジネス投資環境に関するいろんな懸念があることもよく認識している。安心して事業継続できるように、VATの還付、あるいはVATのインセンティブに関しては大きな課題として取り組んでいる。
今回フィリピンに着任してからは、フレデリック・ゴー投資経済担当大統領補佐官であったり、ズビリ上院議長であったり、多くの方にお話をする中で、VAT問題について重要課題の一つとして直接お伝えした。現在改正法案の審議が下院から上院に移っているところだが、改善策がしっかり盛り込まれるように、われわれとしてもしっかり働きかけを行っていく。税制だけに限らず、ビジネス環境の改善は重要課題であり、様々な機会に善処を求めていきたい。
フィリピン日本商工会議所とは常日頃連携を取っており、特にVAT問題については様々な形で意思疎通をとっている。そういった基礎の上で、フィリピンのアクターたちに働きかけを続けていきたい。
―困窮、犯罪被害、災害被災など困難を抱えた在比邦人に対する領事サービスへの決意は。
着任後、大使館ホームページ上の着任あいさつで記したことだが、われわれ大使館は在留邦人の方々と共にある。皆様の安全・安心・健康・発展が大使館業務で最も重要なものだ。何かあったらできるだけサポートしたい。個別の状況により対応できることは変わりうるが、例えば困窮邦人の方々の場合は、本省とも連携をしながら、邦人の方の希望を踏まえ、可能な限りの支援をしていきたい。いつでも遠慮なく相談いただきたい。
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えんどう・かずや 1967年生。山梨県出身。東大法学部卒業後、1990年外務省入省。中国、米国、英国の大使館勤務を経験したほか、南東アジア第一課長、内閣参事官、中国・モンゴル第一課長、アジア大洋州局審議官、総合外交政策局、日米豪印協力担当大使、国際協力局長などを経て今年4月、駐比日本国大使に就任。