「大国の覇権争いを拒否」「主権無視なら押し返す」 大統領が外交政策説明
マルコス大統領が講演で「米中の覇権争いを拒否し、比の主権が無視されれば押し返す」との比の外交政策を説明
豪州・東南アジア諸国連合(ASEAN)特別首脳会議に出席するため豪州を訪問しているマルコス大統領は4日、豪州シンクタンク「ローウィ国際政策研究所」が主催した講演で、米中大国間の覇権争いを拒絶し、豪州などと共に国際法に基づき地域の平和を促進し、比の主権を防衛するという外交方針を語った。
▽「押し返す」
大統領は冒頭「地域の動向を、大国間の覇権争いという狭い見方によってのみ解釈し、古い冷戦構造とみなして、国際社会が数百年前の上下構造に戻りつつあると見る人も多い」と指摘。比は「世界中での地政学的な多極化と米中の戦略的競争の先鋭化が、地域の戦略的環境に浸透する現実となっていることは理解している」としながら、「この現実を過剰に強調することには警戒が必要だ」と主張。「こうした見方の過剰な強調は、比豪やASEAN加盟国のような国々の正当な権益を、あたかも主体性のないコマのように大国の権益の範囲に含めるとともに、法の支配と国連憲章への攻撃である攻撃的・一方的・不法な行為を地政学によって正当化し、被害国の対処法が、地政学競争的な戦術にしかないように理解する傾向がある」と問題点を挙げた。 大統領は「地域の未来は1、2カ国によって形作られるものではない」と強調し、「比は大国間の覇権争いに関して、われわれの国益の従属物化や、主権・戦略的主体性を否定するような捉え方を強く拒絶している」と宣言。
その上で米中2大国への対応としては、「地域に安定をもたらす米国との同盟は豪州と同様に強化を図る一方で、中国とも相互尊重と相互利益に基づく包括的戦略的協力を追求していく」とし、双方との関係強化を図っていく意思を表明。「比は両国と、共通の利益については協力し、考えが異なる部分については丁重に断り、南シナ海におけるわが国の主権、主権的権利、管轄権などの基本的な権利に疑問が挟まれたり、無視されたときは『押し返す』」とし、米中双方への姿勢を示す体(てい)で、事実上中国の海洋進出に対抗する決意を表明した。
南シナ海問題については、「南シナ海に関する比の権益は国連憲章、1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)、2016年の南シナ海仲裁裁判所判断によって裏付けがある」「挑発的、一方的、非合法な行為によってわが国の主権、主権的権利、管轄権が侵害されており、こうした攻撃的な行為は、平和・安定・繁栄の海という南シナ海へのASEANのビジョンを妨害している」と名指しを避けながらも事実上中国を強く非難。
南シナ海問題への対応については「平和的解決を取る」とし、①中国との2国間のメカニズム②ASEANメカニズム③他の南シナ海領有権・管轄権主張国との2国間メカニズムーーを通じた外交的交渉を取ると説明。さらに、法的拘束力のある南シナ海行動規範(COC)作りへの取り組みについて、「豪州を含む全ての関係国への尊重に根ざすべき」とし、中国・ASEAN以外の国の立場も尊重することを明言。「この取り組みは『空白地帯』ではなしえず、緊張が効果的に管理されている環境を作ることが必須だ」とし、改めて「われわれは1インチも領土、主権的権利、管轄権を譲らない」と宣言した。
▽先祖に中国人海賊
質疑では、先週の豪州議会演説で大統領が、現状を戦時下の状況にたとえ、強い言葉で比の主権と国際秩序の防衛を宣言した理由が聞かれた。それに大統領は「比の領土主権は比憲法の第一条に定められており、さらに元をたどると国土の範囲が米西戦争後に締結されたパリ条約(1898年)に由来し、様々な協定や国際法を通じて国際的にも受け入れられている」と説明。「外国政府による一方的な比の領土主権の範囲の変更の試みに対し、強い立場を取るのは必然。比の領土一体性は決して脅かすことは許されない。もし脅威があれば、われわれは防衛しなくてはいけない。これは政治的選択ではなく、大統領の義務なのだ」と述べた。
中国との関係については、「一方的な領域の変更の宣言まで良い友好関係だったし、今なおいい関係だが、問題は許容できない」と発言。「(以前と)同じ状態に戻れるのなら気にしない。比は(自由主義諸国の中で)中華人民共和国と最初に国交を樹立した国の一つ。しかも歴史的には数百年の交流がある」と中国の重要性も強調し、「中国人の遺伝子の入っていない比人は極めて少ない。マルコス家の先祖には南シナ海で活動した中国人の海賊が入っている」と明かした。
米英豪の安全保障枠組みAUKUSを支持する理由については「危機への対応能力を高め、地域の安定に寄与すると考えているからだ」と説明。「比は1カ国で問題を解決できないことを知っており、多国間連携については比も全力を挙げて取り組んでいる。アジア国家によって地域の安定が図られることが望ましい」とした。
ASEANの展望について「多くの共通性をもったグループだが相違点もあり、各国の行動はそれぞれのニーズに基づく。単一の中心的な立場を取るには、ASEANは複雑すぎる」と指摘。「しかし各国が自分の利益を追求するのは比も同じこと。UNCLOSをはじめとする国際法の支配という原則があり、それだけで十分だ」と述べた。 (竹下友章)