連載「台風被災1年」(中)
住宅再建事業の遅延で、生活再建の足がかりさえつかめない被災者たち
レイテ州タナウアン町に住むサミュエル・アシスさん(44)は被災から1年が経過した現在も、テント暮らしを続けている。「新しい仕事が見つかれなければ、その日暮らしを続けることになる」と生活再建の足がかりさえつかめない状況を嘆いた。
アシスさん一家の生活を支えるのは、バランガイ(最小行政区)議員であるサミュエルさんの月収2140ペソだけ。子供4人を含む家族6人の生活費に充てられる現金は一日100ペソ以下だ。救援物資が打ち切られた6月以降、家計は一層苦しくなった。今は親類に食料を分けてもらうなどして、なんとか食いつないでいる。
アシスさんが住んでいる同町マガイでは、民間団体の支援で住居の再建が始まっている。しかし、土地を所有していることが支援の条件になっているため、土地を持たないアシスさん一家はテントで暮らし続けるしかない。ある民間団体から「土地を借りて住宅を再建してはどうか」と勧められたが、「いつか地主に追い出されるかもしれない」と、断ったという。
被災地では、予算不足と用地確保の遅れから、被災者向け住宅再建事業の遅延が指摘されてきた。比較的復興が進んでいるとされる同州タクロバン市でも、建設予定の再定住用の住居約1万4500戸のうち、完成したのは目標数の1%に満たない約50戸にとどまっている。移転を希望する住民に対して、建設済みの住居数がまったく足りていないのが実情だ。
さらに移転先での雇用問題も被災者を悩やませている。同市の中心街から車で約40分離れた山あいにあるニューカワヤン地区に、市当局が建設した被災者用再定住地がある。漁師のロレト・ソラヤオさん(40)は妻と子供7人と共に、タクロバン空港に近いサンホセ地区から、再定住地に移り住んだ。電気はあるが、水道はまだ通っていない。
支援団体に小型船を援助してもらい漁を再開することはできたが、収入は被災前より減った。再定住地から仕事場の海岸に出るまでの交通費50ペソを節約するため、浜に泊まり込み、週2回しか帰宅しない。それでも「移転したくてもできない漁師仲間がたくさんいる。ラッキーだった」と笑顔を見せた。
再定住事業を担当する同市住宅コミュニティー開発課のテッド・ジャプソンさんによると、被災前に他の自治体に住んでいたのにも関わらず、同市の再定住用住宅への「移転」を望む被災者もおり、支援対象世帯の選定にも時間がかかっているという。
その一方で、移転を拒み続ける住民もいる。同市アニボンの海岸に打ち上げられたままの漁船のすぐそばに住むレスリー・サリソサさん(24)はそんな住民の一人。比政府は安全上の観点から、被災後に沿岸から40メートル以内の居住を禁止しているが、サリソサさんは漁船の横に立てた掘っ立て小屋で、妻(25)と娘(7)の一家3人で暮らしている。
高潮で商売道具のトライシクル(サイドカー付きオートバイ)を失った。今は漁船離礁作業の手伝いで得る日当250ペソで家計を支えている。サリソサさんは「当面はここで仕事を続ける。移転したって仕事はない。それに俺はここで生まれ育ったんだ」と話し、静かな海を見つめた。(鈴木貫太郎、つづく)