CREATE法の衝撃(下) 国内市場企業の誘致にシフトへ
CREATE法の制定で「輸出企業の登録事業に対する直接的かつ限定的な国内調達」のみにVATゼロレート適用が狭められる中、フィリピンに進出を計画する日系製造業者は減少の一途にある
昨年4月に発効した「企業復興税優遇法(CREATE)」は比経済区庁(PEZA)などの投資誘致機関に登録する企業の付加価値税(VAT)インセンティブを改正する条項が含まれ、内国歳入庁(BIR)が昨年6月以降に相次いで発令する各規則によりVATゼロレートの適用範囲が徐々に狭まってきた。今年6月ごろからは物流系PEZA登録企業の国内調達に関するVATゼロレートが適用外となっている。毎年1月にPEZAが企業ごとに発給するVATゼロレート資格証明がはたして来年以降も受けられるのか、多くの日系企業が状況を見守っている。このVATをめぐる現状は、比政府が投資インセンティブをエコゾーン登録企業から国内市場企業へ移行させる動きを反映しているようだ。
▽「直接的かつ限定的」原則に
フィリピンに進出する日系企業の税務・会計や人事・労務などに関するコンサルタント業務を過去21年間にわたり提供している株式会社アイキューブの坂本直弥統括代表は、CREATE制定以降の状況について、「VAT関連の税務処理が非常に煩雑となり、我々の顧客であるPEZA登録企業は相当に混乱されています」と明かす。
これまではPEZA登録企業であれば、国内調達は一律VATゼロレートが適用されていたものが、同法制定以降は「輸出型企業の登録事業に対して『直接的かつ限定的に』関連する国内調達のみがVATゼロレートの対象」となったためだ。これにより法務・会計などの管理部門を対象とするサービスはもちろんVAT課税となり、水道・電気代なども登録事業に使う分と管理目的で使う分が明確になるよう別々のメーターを付けるなどして費用配分する必要も生じている。サプライヤ―側も買い手企業が法人税免除措置を受けているのか5%総所得課税を受けているのかによって、VATゼロレートとVATエグゼンプテッド(免税)を使い分ける必要もある。
このような税制の転換について、坂本代表は「そもそもエコゾーンなどは法的擬制によって外国領土とみなされていた。そのためエコゾーンなどの登録企業への物品・サービスの販売は輸出取引とみなされ、国内消費にかかるVATがゼロレートになっていた。しかしこの『クロス・ボーダー・ドクトリン(国際間取引)』という原則がCREATE法によって無効になっているとBIRが解釈していることに起因する」と説明する。代わりに登場したのが「(輸出型企業の登録事業に関する)直接的かつ限定的な国内調達に限る」という原則だ。
坂本代表は「わが社の顧客でもかつては輸出企業の立ち上げが多かったが、最近5年ほどの傾向としては、不動産開発やインフラ事業、エネルギー関係などの比国内市場への進出を考えている日系企業が増えている」とした上で、「比政府が現在推進している戦略的投資優先計画(SIPP)を通じたインセンティブ付与でもVAT免税はない」と話す。今後は日系企業も比国内市場向け企業としてVAT税と付き合っていく事業形態への転換を迫られているのかもしれない。
▽2年間で竣工式1社のみ
フィリピン日本人商工会議所の藤井伸夫副会頭は、物流関係の日系PEZA企業2社がVATゼロレート廃止に伴う経営環境の窮状を訴え、VAT免税維持を求めた嘆願書をBIR長官宛てに提出するのを支援した。
最初、藤井副会頭が8月1日にPEZAにこの問題について陳情に行った際、対応したのはプラザ前長官だったという。プラザ長官が「会社名を出し、窮状を書いて出して欲しい」と要請したことから、4日後に日系2社と一緒に嘆願書を出しにPEZA本部に行くと対応に出たのはパンガ長官代行だった。藤井副会頭はパンガ氏に対し「物流登録企業の国内調達に昨年12月にさかのぼってVAT課税されてしまうと撤退するしかない企業も出てくる。これらの企業を助けなくてもいいのか。BIRに物申すべきではないか」と直言したという。パンガ氏は支援を約束した。
一方で藤井氏は「そもそもCREATE法が議会で審議に入ったドゥテルテ政権の2017年ごろから当時のチュア国家経済開発庁長官らが『シップアウト』(輸出事業)に対してのみVATゼロレートを適用すべきと言い出した」と述懐する。また当時のロペス貿易産業相も管轄するPEZAの立場より財務省との関係を重視する立場を鮮明にし、第18回議会で一気にCREATE法の審議が進んだという。
CREATE法が施行された直後、比の輸出の6割を占める電子部品・半導体業界の主要団体SEIPIが「この法制により比進出を視野に入れていた大手電子部品メーカーが投資計画を中止した」と同法に対する批判声明を出し注目された。藤井副会頭は「わが日本人商工会議所もPEZAと一緒になってこの問題を訴え続けていく」と誓うが、解決の道はまだ見通せない。
最後に藤井氏は「コロナ禍の2年半の間で比に進出して製造工場の竣工式を行った日系企業はわずか1社だけ。こんなことは初めてだ」と打ち明ける。東南アジア地域における比の製造拠点としての優位性が、すでに崩れ始めているのかもしれない。(澤田公伸、連載終わり)