議長が見た被災地
第3回 ・ レイテ州パロ町では期待の若い新議長が死亡。被災後のバランガイに住民不在の政争渦巻く
ビサヤ地方レイテ州タクロバン市の南側に隣接するパロ町。レイテ湾に面する沿岸部に民家が集中しており、同町コゴンでは、高潮被害でバランガイ(最小行政区)議長も犠牲になった。
死亡したのは、2013年10月末のバランガイ選挙で議長に初当選した、ジョエル・アグネルさん(享年37)。高潮が襲った翌日、12歳と8カ月の娘2人、9歳の息子と共に、遺体で見つかった。妻のマリリンさん(34)と父、7歳の息子が生き残った。
ジョエルさんは機械技師として地元の企業で働きながら、大学に通っていた。人付き合いと面倒見が良く、常に多くの友人に囲まれていたという。家に駆け込んでくる人の頼みを断れない性格で、食料や薬を分け与え、葬儀を手伝い、働き口を紹介した。
議長になることは考えたこともなかったが、2期務めた前議長の仕事ぶりに不満を持った人々が「お前しかいない」と根気強く説得。議長選に立候補した。当選したら、沿岸の貧しい世帯すべてにトイレを設置すること、子供たちの給食事業、漁師グループへの小舟の提供を実行したいと家族に話していたという。
パロ町はペティリア・エネルギー長官一族のおひざ元。下院議員、州知事の経験もある同長官の母親が町長だ。ジョエルさんは37歳という若さながら、無所属で、町長陣営から3期目の再選を狙った前議長を52票差で破り、新議長に選ばれた。
台風前にはオートバイで海岸線を周り、住民に避難を呼び掛けた。妻のマリリンさんは涙を流しながら「住民の声を聞く議長になりたいといつも言っていた。誠実な人だった」と声を絞り出した。
現職議長が亡くなった場合、選挙で最多票を獲得した第1バランガイ議員が議長に昇格するのが規則。この第1議員は町長陣営で、自身の昇格で空席となった7人目の議員に、落選した前議長を任命した。
「今バランガイで、もっぱら問題になっている」「議長選では負けたのに。私たちは嫌だ」「同じ派閥で牛耳ろうとしている」︱︱。がれき撤去作業をしながら、住民の女性たちが井戸端会議で不満をもらす。
道路のがれきは撤去された。しかし脇に山積みにされており、民家の再建も進んでいない。作業をしていたルース・パラドさん(36)は「第一に家。非政府組織(NGO)がくぎと金づちをくれたけど、打つ資材がない。次に子供の学校。3番目に仕事と借金できるところが必要」と吐露した。
選挙があったのは10月末。当選者は直後に宣誓を済ませたが、実際の任期は12月1日付で始まった。台風が襲った11月8日から月末までは、厳密には前任者の任期中だが、新人が当選したバランガイでは、被災後の議会の体制も不安定だった部分がある。
死亡したジョエルさんに替わり新議長となった当の第1議員は12月19日から首都圏に行っており不在。戻りの日程は未定らしい。
それならばと訪ねた前議長で現議員のジェラルド・カンポさん(49)は開口一番こう言った。「台風直撃の2日前から我々のグループが住民を避難させた。私が残りの任期を最大限に全うしたからこそ、バランガイの死者・不明者は138人と少なく済んだのです。住民は『議長ありがとう』と言ってくれましたよ」。町長に「議長としての能力」を評価され、議員らの決議で空席の議員職に任命されたという。
地域の復興に最も必要なことを尋ねると、間髪入れずに答えが返ってきた。「強い議長。こう簡単に議長が替わってしまっては。しっかりした政治的統率力を持って、町や政府、民間団体に強く要請できるリーダーが必要ですよ」
前述のパラドさんは話した。「いつまでもどうしようもないと言ってられない。私たちはヨランダを生き残ったんだよ。助けがないなら、自分たちで工夫して何とかするさ」
国政さながらの住民不在の政争が、被災後のバランガイでも渦巻く。その中で行政が声高に掲げる「復興」は、自活する住民のたくましさに甘えている側面がある。(大矢南、つづく)
(2014.1.4)