内山安雄のフィリピン取材ノート
第4回 ・
海外での取材旅行中に、回数を数えるのに片手では足りないほど、何度も強盗の被害に遭っている。先輩小説家の北方謙三さんによると、不名誉なことにも物書き業界の新記録らしい。
他でもない、小説の取材で訪れたフィリピンの首都マニラで、下町の住宅街を散策していたところ──。
あろうことにも白昼、天下の公道だというのに、公衆の面前で三人組のナイフ強盗に襲われ、金品をごっそり持っていかれた。
こう何度も繰り返し暴漢に遭遇していたのでは、さすがに能天気な私でも辛抱たまりません。
そこで海外に出る折には、防犯ベルを携帯することにした。ところが──。
親しい友人が、アジアのどこかのリゾートビーチで数人のチンピラに取り囲まれたそうだ。金を脅し取られそうになった際、彼は待ってましたとばかりに防犯ベルをポケットから取り出した。で、スイッチ代わりのコードを勢いよく引っ張る。高らかにベルの音がビーチに鳴り響くかと思いきや──。
な、なんと、頼みのベルがうんともすんともいわないではないか!
我が友は、当然のごとくチンピラたちによってたかってボコボコにされたらしい。
この話を聞いて、私は大いにあわてた。実は私の防犯ベルは、その友人のものとまったく同じタイプなのだ。すぐさま作動テストをやってみた。すると私の防犯ベルも鳴らないではないか。漏電か何かなのだろう。
安物買いの銭失いどころか、下手をすれば命まで失うところだった。やれやれ。
で、さっそく値は張るが、品質保証書付きの、確かなブランドの防犯ベルに買い換えた。その成果は?
買ったまま、一度も使われることなく、埃をかぶっている。なぜかって?
よく考えても考えなくても、フィリピンはもちろんのこと、海外で出くわす強盗や暴漢というのは、たいていピストルやナイフを所持しているものだ。そんな輩を相手に、ちゃちな防犯ベルなんて鳴らそうものなら、ズドンとかブスリとやられ、命がいくつあっても足りないのではないだろうか。
よって、防犯ベルを持ち歩こうなんていう気がすっかりうせてしまった。かなり賢明な選択ではないか、と思うのだが。(続く)
(2013.9.9)