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2月11日のまにら新聞から

知識を重視し幅広く支援 比には多くの潜在力

[ 2463字|2019.2.11|経済 (economy) ]

書籍「アジアはいかに発展したか」にも深く関わった中尾武彦ADB総裁に話を聞いた

インタビューに応じる中尾武彦ADB総裁=1月31日、首都圏マンダルーヨン市で伊藤明日香撮影

 1966年にマニラに本部を置いて設立されたアジア開発銀行(ADB)は発足から半世紀余の歴史を持つ。日本は発足時から継続して深く関わり、現在も米国とともに最大の出資国として運営を支えるほか、日本人職員は国際スタッフの約15%に当たる約160人(うち女性が約50人)が働く。13年から総裁を務め、ADBの歩んだ半世紀を振り返った書籍「アジアはいかに発展したか」の編さんにも深く関わった中尾武彦氏に話を聞いた。(聞き手は森永亨)

 ─ADBの役割とは。

 「もともとは欧米の資本市場で金を借りて貸し出し、アジアで遅れていたインフラ整備の資金を調達する銀行としての役割があった。1970年には、東京市場で初めての非居住者による円建て債(サムライ債)も出している。現在はインフラのみにとどまらず、気候変動や医療、教育、ジェンダーなどの幅広い分野で融資をしている」

 「以前は資金面が重要だったが、多くの国が自分で債券を発行して資金を調達できるようになり、いい事業モデルを示す機能が重要になってきている。知識を重視し、政策融資などを通じて政策立案も支援している」

 ─13年の就任以降の6年間を振り返って。

 「アジア経済の世界における役割が大きくなり、アジアでの投資や消費が世界の中で存在感を示して来た時期に重なる。2030年までの新たな長期戦略として『ストラテジー2030』を作り、革新的な技術や新たな知識を共有するための横断的な組織改革も行うなどして、知識に基づく金融を強化している」

 新規融資拡大へ

 「350億ドルの資本金があるアジア開発基金(ADF)の融資業務を150億ドルの通常資本財源に統合したことも大きかった。この大きな資本を元に債券を発行し、貸付金額を増やしつつある。新規の融資は、総裁に就任した13年には139億ドルだったが、18年には215億ドルに到達しており、質を重視しつつ、量も徐々に大きくしていきたい」

 ─本部を置くフィリピン経済の展望は。

 「最近の成長率は非常に高く、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)や海外送金を元にした消費も盛んな上、政府もインフレ整備に積極的に投資している。比はADBができた60年代にはアジアで日本よりは低いものの、マレーシアと並んで1人当たりの所得が高かった」

 ネット時代は比に有利

 「しかし、マルコス政権下での開発は他国より遅れがちであったし、同政権の終わりからの政治的に不安定な状態とインフラ投資の遅れが成長を阻んだと認識している。国民が英語を使えることは現在のネット時代には有利で、外からの治安認識に比べてずっと安全で、中間層が拡大し、高成長を続けていることを分かってもらえれば、デジタル関係のビジネスや観光も含め、今以上の大きなポテンシャル(潜在力)が発揮されると思う」

 ─成長により格差も縮まるか。

 「一般に開発が進み工業化が進んでいけば、工業とサービス業の拡大で、他の雇用機会との競争関係も生まれることから、貧しい農村の人々の所得も底上げされていく。比の場合も製造業など相対的に所得の高い分野でもっと雇用機会が増える必要がある。中国でも都市と農村の戸籍が問題になっているが、地方の住民にも公教育や健康保険に平等なアクセスがあることが格差是正には重要だ」

 「日本では戦後、公教育や国民皆保険、非常に累進的な税制に加え、地方への公共投資を行い、雇用を生んで交通などのアクセスをよくし、農業政策で農村や農家を支援した。地方交付税交付金などの仕組みで再分配を政策で後押しもした。いまの途上国にもそういう日本の経験から学んでほしい」

 ─ミンダナオ地方への支援には。

 「ミンダナオには道路や農村開発のほか、イスラム過激派に一時占領されたマラウィの復興など多くの支援を行っている。ドゥテルテ大統領との面談の際も大統領が強調していたが、南部のイスラム教徒居住区の安定には開発が必要だ」

 AIIBとは協調

 ─中国が主導して設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)との協力について。

 「AIIBの融資額はこれまで3年の累計で75億ドルで職員は約200人。約3200人の職員がいるADBに比べるとまだまだ小規模だ。ADBや世界銀行などとの協調融資も多く、調達や環境社会配慮などの国際基準は満たしている」

 「金立群総裁はADBの副総裁を務めたこともあり、サウンドバンキング(公共性のある健全な銀行経営)の立場から慎重な融資をしている。中国政府の進める『一帯一路』の機関ではないと明言しており、ADBとしても当方のスタッフのコストを余分にかけた場合には手数料を取るなどしながら、協調融資や仕組みづくりでこれからも協力していく」

 ─今後の課題や目標は。

 「今までやってきたことを強化しながら、各セクターの事業でAIやデジタル、人工衛星などの技術を取り入れていくこと、気候変動やSDGs(国連持続的開発目標)、災害、ジェンダーなどの課題にしっかり取り組んでいくことが重要だ。米国が減らしていくべきと考えている中国への貸し付けについては、もうしばらく気候変動や環境分野を中心に中国を支援することに意義はあると考えている。中国などの中所得国への貸し付けは市場に準じる利子で行っており、補助的ではない」

 「先端技術を取り入れながら、いいインフラを造り、どれだけ経済成長を継続していけるか、どうやって社会の格差の解消を図っていくか、またどうやって各国間の友好関係を維持して、民主主義を保ちながら過激な勢力の拡大を防いでいくかということ。それらがうまくいく限り、アジアの未来は明るいと信じている」

 なかお・たけひこ 1956年、兵庫県生まれ。78年東大経済学部卒業後、大蔵省入省。国際局長、財務官などを経て2013年4月から現職。著書に「アメリカの経済政策」(中公新書)など。

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