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シリーズ・連載

戦後60年 慰霊碑巡礼第1部ダバオ・セブ編

第1回 ・ 生きる碑、朽ちる碑

 約三十年前、初老の日本人男性数人が日系二世、栄幸一さん(77)‖ミンダナオ島ダバオ市マリログ地区‖の元を突然訪れた。「日本陸軍山田部隊の生き残りです」と名乗り、栄さんの自宅敷地内に戦友のための慰霊碑を建てたいので土地を提供してもらえないだろうかと申し出た。

第2回 ・ 慰霊塔は親類の墓標

 太平洋戦争前、フィリピン最大の日本人社会があったミンダナオ島ダバオ市。日本人移民の入植拠点の一つになった同市北部ミンタル地区には、戦前に整備された旧日本人墓地が現存する。日本人移民を合葬する碑や戦死者の慰霊碑が立ち並び、毎年八月には日本から多数の慰霊団がやって来る。

第3回 ・ 栄える商魂、消える戦争

 「ダ・ジャパニーズ・トンネル 1942」??そう呼ばれる新名所がミンダナオ島ダバオ市郊外にある。名の通り、太平洋戦争中に旧日本軍が掘ったといういわく付きで、市内の製薬会社オーナーが二〇〇一年十一月下旬にレストラン、ホテル付きの観光施設としてオープンさせた。入場料は大人十ペソ、子供五ペソだ。

第4回 ・ 「焼き討ち村」の慰霊塔

 最近、ネグロス島東南端にあるドゥマゲティ市を訪ねる機会があった。知人の弁護士の車で、標高一九〇四メートルの「クエルノス・デ・ネグロス山」を目指したが、途中のバレンシア町で意外な発見をした。

第5回 ・ 謎秘める陸軍病院跡

 戦時中の日本陸軍病院跡はセブ市内にあるフエンテ公園横、ビセンテ・ソト記念病院(旧サザンアイランド病院)の一部、マタニティ病院の裏手にある。病院跡に立つ慰霊碑には正面に赤十字のマークがあるだけで文字は何もない。そして下端に「南方第14陸軍病院関係者」とあるだけだ。