「ジャーナリストは犯罪者」の時代 マリア・レッサ氏
ラップラーのマリア・レッサ氏から自らを取り巻く現状などについて聞いた
フィリピンのネットニュース、ラップラーの最高経営責任者で編集長も兼ねるマリア・レッサ氏は、ドゥテルテ大統領から「詐欺師だ。ラップラーはつぶす」と非難され、実際に起訴された。複数の裁判を抱え、22日にはパシッグ地裁で同社の脱税容疑事件の無実を主張した。そうした状況下でも、ラップラーは調査報道の手を緩めず、本人も言論・報道の自由の擁護を訴え続けてきた。レッサ氏からラップラーや自らを取り巻く現状について、オンラインで聞いた。(聞き手は岡田薫)
─現政権下でのラップラーの状況は。
ラップラーは現政権当初から、麻薬戦争や超法規的殺害を取り上げてきた。メディアとして公的機関に説明責任を促すのは当然の行為だと考える。
2016年の大統領選でフェイスブックを中心にソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を総動員したドゥテルテ氏について、同年10月に「プロパガンダ戦争」を報道。動員した宣伝組織、フェイスブック上のアルゴリズムが民主主義に与える影響、26個のフェイクアカウントが300万人を感化して総意ができていく過程を明らかにした。
それ以降、ラップラーや私個人への逆風が強まり、1時間に90通ものヘイトメッセージが届くようになった。初めて大統領が私を「犯罪者」と呼んだ時には笑ってしまったが、SNSの本当の恐さを理解していなかった。嘘でも100万回言えば「真実」になる。
─有罪になった経緯は。
16〜17年には政府主導の草の根運動によって「ジャーナリストは犯罪者」という言説が蔓延(まんえん)し、私たちを取り巻く環境は劇的に悪化。18年には法律が刃を向けてきた。私とラップラーは11の容疑で立件され、19年には8件の逮捕令状が出され、その度に保釈金を支払ってきた。2回は逮捕され、うち1度は留置された。
6月にはレイ・サントス元記者と私にサイバー名誉毀損罪で有罪判決が下った。原告のウィルフレド・ケン氏は比で上位40人に入る富豪で、公的な人物だ。サイバー名誉毀損法成立以前の12年の記事が問われ、しかも従来1年間だった時効を裁判所は12年に引き延ばした。何が何でも有罪にするという異様な対応だった。
結果として政権が言うように「ジャーナリストは犯罪者」になった。4年間の変遷を見ると、この国のSNSと法律がのっとられ、ジャーナリズムと民主主義を瀕死の状態に追いやっている現実が分かる。
─会社が外国人所有との批判もあるが。
ラップラーは海外2つの投資元から比預託証券(PDR)による投資を受けている。PDRはABS─CBNなど他の会社も受けており、政府はこれを外国人所有とみなして攻撃しているが、株式取得とは違い、投資家は経営参加できない。経営や編集権は100%私たちにあり、合憲だ。
私自身の二重国籍についても、政権側はネットでしきりにあおっている。両親が比人のロペス氏(ABS─CBN会長)のほか、政治家らにも二重国籍は多いが、憲法は禁止していない。
─ポスト・ドゥテルテの比はどうなるだろう。
権力はさらなる権力を呼ぶ。新型コロナウイルス流行の数カ月で、政府は強大な権限を手にしており、憲法改正の動きには憂慮している。22年の大統領選がコロナ禍ないし改憲によって延期される可能性もある。
21年間のマルコス独裁時代を終えて、比国家警察が人権という価値を取り戻すまで10年かかった。自ら取材したので覚えている。「民主主義」の名の下で、数々の人権侵害があり、テロ防止法もできた。メディアや女性に対する蔑視など大統領が直に発した言葉は、ボディーブローのように世代を超えて効いていくだろう。
私自身は米国支持でも中国支持でもないが、親中政策による現政権に対する中国の後ろ盾は、比をかつてなく強権的なものにしたと認識している。比における情報の主戦場は紙媒体からデジタルメディアへと移っている。真実を追求するメディアの「門番」としての役割すら、偽りの情報で崩されかけている。事実が知らされなければ真実もなく、信頼もなくなる。民主主義も選挙による統合性を失い、消失してしまう。
私たちは今、古い世界の瓦礫(がれき)の上に立っている。しかし、歴史の境目は、社会を今一度より良い方向に作り上げていく機会だとも考えている。
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MARIA RESSA 1963年、比に生まれ、比国籍と米国籍を保持。米プリンストン大卒。CNNのマニラ、ジャカルタ各支局長、ABN─CBNのニュース部門報道局長などを歴任。2012年にラップラーを共同設立し、現在は最高経営責任者兼編集長。2018年には米タイム誌「今年の人」の1人に選ばれた。ジャーナリスト歴33年。